アンジェイ・ムンクの天才 vol.2

andrzej-munk-pasazerka-1963-002-597x600『パサジェルカ』(63) アンジェイ・ムンク
Pasazerka

撮影中にムンクが急死したため、未完のまま終わった作品。残されたスチールやアイディアの断片を友人達がまとめた。未完ながら、カンヌ映画祭で国際批評家連盟賞、ヴェネチア映画祭でイタリア批評家賞を受賞している。

パサジェルカとはパッセンジャーの意味。豪華客船の乗客リザは、船に乗り込もうとする一人の女性と目が合う。彼女は、リザがナチの親衛隊将校として強制収容所の看守を務めていたとき、そこにいた女囚のマルタそっくりだった。リザはアメリカで出会った夫に自分の過去を語り始める、って話。

強制収容所を舞台に、女性看守と女囚の心理的駆け引きを描いた作品ですね。生殺与奪の権を握った相手、すなわち絶対的な垂直の権力関係を前提とした相手に対して、人間的な情けをかけることで、相手からも自分を人間として尊敬させようとすることの傲慢さを描いてます。

このあたり、現在でもすっごくリアルな問題ですね。被差別者に対して人間的に付き合ってやってるのに、相手は自分に敬意を払わない。ならば、どうやってこいつを自分の前にひれ伏せさせようかと考える人間の醜悪きわまりない思考回路が主題。決して他人事ではないはずです。

直接的には描かれていないものの、もちろん同性愛的な深読みも可能で、このあたりは『戦場のメリークリスマス』の女性版のように見ることも可能かも。ただし、この作品が本当に素晴らしいのは、また別の部分。

何より、心理劇であるはずなのに、映画終盤に起きる決定的な事件に至るまで、主人公リザは表情一つ変えず、また一言も台詞を口にしない。意図的に台詞と感情表現を排除されつつ、ただその場にいて全ての出来事を見つめている。

この作品でのムンクの映画的野心とは、強制収容所における人間の尊厳と自由を賭けた心理的な闘争(どちらが先に口を開くか)の映画を、まるでサイレント時代のギャング映画における刑務所場面のような、視線とアクションの劇として撮ることにあったように見えます。
それって、簡単に言いますが、とてつもなく壮大な野心ですよ!

すさまじく緊張感の漲った作品なんですね。一瞬たりとも気を弛めることができない。それは、画面それ自体が一瞬たりとも動くこと、語ること、変容することをやめないから。視覚芸術と呼ばれる映画において、画面が語るとはまさにこういうことだという圧倒的な実例がここにはあります。

おそらくプロダクション中盤あたりで終わってしまったように見えますが、未完なのが本当に残念。サイレント的な画面それ自体の持つ力と、ムンクのモダンな感性が高度に融合した素晴らしい作品です。日本でもDVDなどで比較的入手しやすい映画なので、是非!

『ノヴァ・フタを目指せ!』(51) アンジェイ・ムンク
Kierunek – Nowa Huta!

映画学校を卒業し、記録映画スタジオを経たムンクがはじめて単独で監督した短編ドキュメンタリー2本のうちの1本。スターリニズム時代の典型的なプロパガンダ映画だと思います。良いショットはありますが、作家性や特筆すべき輝きを見せているとは思いません。

『農民日記』(52) アンジェイ・ムンク
Pamietniki chlopow

ムンクが当時のイデオロギー的な映画作りから抜け出し、その作家性の片鱗を見せ始めたと言われる作品。祖国の発展という俯瞰的な視点を捨て、現実に生活する人々と彼らの言葉やその姿に関心が向かっています。

とりわけナレーションに特徴があり、1935年に出版された農民日記を朗読しつつ、実際に労働に従事する彼らの姿やその表情を映し出す様は、ストローブ&ユイレ的とも呼べるような、映像と言葉によるエクリチュールへの強い意志を伺うことができると思います。

PDVD_812『鉄道労働者の誓い』(53) アンジェイ・ムンク
Kolejarskie slowo

これはもう完全にムンク作品。長編処女作『鉄路の男』へとダイレクトに連なる傑作!一台の機関車を主人公に、それが定刻通り目的地へと着くためどれだけ多くの人々の汗と努力が費やされているかを描いています。

機関士から車掌、通信士、駅員、踏切作業員などなど、実に多くの労働者が登場するのですけど、彼らの貢献を全て同じ資格で描くところに大きな特徴がありますね。画面の躍動感も素晴らしい。機関車をこれほど見事に捉える映画作家はそうそういない。

しかも、努力あり、友情あり、アクションあり、サスペンスあり、ユーモアもある。そう。これ、既に完璧にホークスです!『白い決死隊』同様、本当にハワード・ホークスとしか思えない。傑作!

PDVD_832『ある日曜日の朝』(55) アンジェイ・ムンク
Niedzielny poranek

すごい!もう、ひたすら素晴らしい!大傑作!映画ファンって、あまりに素晴らしい映画見ちゃうと、この後の人生これ以上良い事なんてもうないような気がして、いっそ死んでも良いと考えることあるんじゃないかと思いますが、これ、まさにそんな映画!

いや、本気ですとも!すさまじいまでの幸福感!この満ち足りた気持ちは何なのか。

もう何書いて良いか分からなくなるくらい、胸がいっぱいになりました。ほんっとに素晴らしい!思い出すだけで涙が出る。短編記録映画の枠ですが、普通にフィクション。ムンクが手がけたはじめてのカラー作品です。珠玉の小品なんて言葉じゃ全然足りない!!

ムンク本人も(たぶん)チラッと出てるんですが、とにかく楽しげで悪戯っぽくて感動とユーモアと可愛らしさに満ちあふれた素晴らしい素晴らしい素晴らしい映画です。ポーランドで撮影されたヌーヴェル・ヴァーグの代表作とも呼びたくなるような大傑作!!

PDVD_883これと合わせて全部で2作しかないムンクのカラー映画ですが、色彩センスがまた本当に素晴らしい!街そのものが観客に全身で微笑みかけてくるような、ものすごいチャーミングさに満ちあふれてる。しかも、それが共産主義国家ですよ!(笑)

これまた路線バスを主人公にした映画なんですが、運転手と車掌さんのロマンスあり、すれ違う別のバスとの間で窓越しに乗客同士が一目惚れするってヴェンダースみたいな場面あり、とにかくユーモアと優しさと恋愛と映画の楽しさに満ちあふれた素晴らしい作品。スクリーンの枠がハート型で出来てる!

映画ファンなら誰もが絶対一目惚れします!こんな素晴らしい映画がまだこの世にあったなんて!今すぐ日本語字幕付けてスクリーンで上映されるべき!最低でもDVDで発売されるべき!こんな傑作が日本公開されていないなんて全く信じがたい!

PDVD_955『ワルシャワ旧市街の散歩』(58) アンジェイ・ムンク
Spacerek staromiejski

で、続いてこれがまた本当に素晴らしい!なんか感動の安売りに見えるかもしれませんが、絶対違います!もう完全に確信しましたが、ここで話してるのはマイナーな国の忘れられた映画監督じゃない。映画史を代表するマエストロの一人だ!

ムンクの感性がモダンだって前に書きましたけど、その証明となるような作品。男の子と一緒に学校から帰れなかった女の子が、バイオリン抱えてワルシャワの街を歩くうち、様々な音響やノイズや街の記憶を次第にたぐり寄せていくって感じ。すごいっしょ、このアイディア!

PDVD_989なに、そのホセ・ルイス・ゲリン!って感じ。しかも、またまた本人出ちゃってますが、とにかく悪戯っぽくてユーモラスでキュート!これ、日本でも絶対ヒットするよ。おませな女の子を主役にして50年代のパリを舞台にジャン・ヴィゴが撮った傑作!と思ったら、あれ、ワルシャワ?って映画。

まるで無声映画のような画面の力に大きな特徴のあるムンク作品ですが、この作品や『パサジェルカ』見ると、音響的なアイディアも次第にすごいことになってきてる。若くして亡くなってなければ、この先さらに色々やったんだろうなあ。ホント残念でならない。

かなり前衛的で才気に満ちあふれた作品なんだけど、同時に誰でも楽しめる素晴らしい映画です。とにかく、何としても見て欲しい!

『ポーランド・ニューズリール No.52 A-B』(59) アンジェイ・ムンク
Polska kronika filmowa nr 52 A-B

既に長編作品で名声を確立したムンクが何故か撮ったニュース映画の特別編、ってことなんですが、ところが実際にはこれ、何食わぬ顔で真面目な場所に紛れ込ませたニュース映画のパロディでした。

社会主義体制下のポーランドでよくこんなことできたなあって感じで、ほとんどモンティ・パイソン。ムンクがいかにユーモアを愛し、それが彼の人間的・作家的な本質と切り離せないものであるか、よく分かる作品になっています。当時の風俗や笑いの趣向も面白い。

『ポーランド・ニューズリール No.39 B』(61)
Polska kronika filmowa nr 39

DVDに収められていたので見ましたが、これはムンク監督作ではありません。彼の悲劇的な急死を伝える当時のニュース映像。撮影風景や葬儀の様子など貴重な映像ばかりですが、自分が生まれる前の出来事なのに、もはや他人事とは思えない。

munk2

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5 Comments »

 
  • のぞみ より:

    こんにちは、はじめまして。突然にごめんなさい。アンジェイ・ムンクの短編作品の数々は海外でDVD化されているのでしょうか。スクリーンでもいつかきっと見てみたいと思いました。お忙しい所、質問致しましてすみません。(神奈川県民なのでハンズアップのシネクラブ上映、初めて行ってみようと思っております。本当に楽しみです)。

  • admin より:

    こんばんは。
    コメントありがとうございます。
    いえいえ、更新の励みになるので、コメントいただけるととても嬉しいです。

    アンジェイ・ムンクの作品は、ほぼ全作、アメリカとフランスでDVDになってます。
    amazon.comでも買えますが、わたしはこちらで買いました。
    http://www.polishjazz.com/servlet/StoreFront

    スクリーンだと、何年か前に『鉄路の男』がフィルムセンターで上映されたのが最後かもしれません。
    うちのシネクラブは、基本フランス映画なのでなかなか難しいですが、いつか何かの機会にでも上映したいと思ってます。
    (と言うか、どっか一緒にやりませんか?)
    長編も素晴らしいですが、短編が本当に面白いです。

    『ハンズ・アップ!』の方も、是非よろしくお願いします。
    とっても面白い映画ですよ!

  • のぞみ より:

    ご親切に教えてくださり、有難うございます!映画を見始めたばかりの者ですが、シネクラブを通してだったり色々勉強させて頂きます。。
    ほんとうに有難うございました、失礼いたします。。

  • G-3 より:

     バカ田大学に入ったものの、ロックアウトで授業は愚か学内にも入れない日々。飯田橋佳作座の予告編で「パサジェルカ」を見ました。副題は「二人の女船客」でした。其の余りの衝撃に翌週を待ち兼ねて佳作座に行きました。予告編に劣らぬ衝撃でした。
     当時、ポーランドと云えば、既に巨匠扱いされて居たアンジェイ・ワイダ、個人的に好きだった「影」のイエジー・カヴァレロヴィッチしか知りませんでした。
     ムンクに関しても、「鉄路の男」「エロイカ」を見て、全てを知った気で居ました。
     adminさんのお陰で、自分の無恥をを知りました。
     還暦を過ぎ、新たな知識を得られることは新鮮な喜びです。有難う御座居ます。

     末尾ながら、今後の御健勝を御祈り申し上げます。

  • admin より:

    G-3さま
    コメント、ありがとうございます!
    『パサジェルカ』、私は名画座に落ちてきてから見ました。
    早稲田大学で還暦を過ぎられたということは、先輩ですね!
    ムンクの短編は本当に素敵な作品ばかりで、誰もやってくれないならいつか自分で上映したいと思っています。
    まだまだ暑い日が続きますが、お体にお気を付け下さい!

 

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