アンジェイ・ムンクの天才 vol.3

PDVD_1078『鉄路の男』(57) アンジェイ・ムンク
Czlowiek na torze

引退した元機関士が列車に轢かれて死ぬ。自殺か、それとも鉄道局への恨みから列車転覆を謀ったサボタージュだったのか。公安局によって調査が進められるに従い、やがて鉄道に捧げられた彼の情熱と半生が浮かび上がってくる、って感じ。

この導入がまず素晴らしい。衝撃的な事件に始まるミステリ仕立ての映画です。そして、話がものすごく良くできてる。ミステリとしても一級品。その中で明らかになってくる老機関士の生き様とその描写が本当に感動的です。

機関車を愛し、コスト度外視で鉄道を安全に運行させることに命を賭けた機関士が、やがて官僚化し始めた鉄道局の中で疎まれ、時代遅れだとして様々な嫌がらせをうけるようになる。昔気質のまっとうな技術者が近代化・合理化の御旗の元に追放されるってのは、今の私たちにとってもすごくリアルな物語。

プライドが高く、新しく入ってきた息子のような若い見習とも、教育への情熱と職業的な矜持が裏目に出て衝突ばかり繰り返しますが、その中で相手のことを思いやったり労ったりする気持ちが観客に少しずつ透けて見えてくる辺りの演出が本当に見事!

とりわけ、腰を痛めているのにそれを言えない老機関士が、落とした帽子を取ってもらおうと命じるものの、その言葉にカチンと来た見習いに自分は召使いじゃないと断られ、でも本当は彼も心配で仕方なく、帽子を挟んでお互い引くに引けなくなるってあたりとか、いやあ、実に素晴らしい!

その後、列車を降りて闇の中で痛めた腰を伸ばしつつ老機関士が苦痛にあえぐんですが、もはやムンクとムルナウ以外こんなすごい絵撮れる監督なんて世の中に存在しないよって叫びたくなるような画面連鎖!しかも、すごい絵でしょなんて間延びした時間とは全く無縁。これぞ映画の呼吸ってもんですよ。

PDVD_1085なんでもない場面ですが、休日にお互い妻と彼女を連れて公園でばったり出くわす場面とかあって、照れくさいような嬉しいような、思いの丈を相手にぶちまけたいような、いろんな感情でお互いパンパンになりながら一言だけ挨拶交わすって感じで、もう、見ているこちらが身をよじりたくなる!

ムンクとしては、ある意味、周到な準備の上に撮られた長編デビュー作なんですよね。題材的には『鉄道労働者の誓い』で扱ったものですし、職人同士の親子のような感情のもつれという物語は『炭鉱に星は輝く』で既に経験済み。人の尊厳を奪おうとする官僚主義の企みは『パサジェルカ』につながります。

男達が狭い部屋に集まって一つの謎を解き明かそうとするってのは、犯罪映画やミステリの一つの定石ですが、最後、全てが明かされた後にある人物が窓を開けることで、外に広がる列車と駅のざわめきが聞こえてくるって、これまた見事な締めくくりだし。いやあ、映画よく知ってる人だよ。

濃密に高まった男達の熱気が頂点に達した後、その場にフッと夜の冷気を送り込んで終わるってやつ。実に見事。駅の喧噪が失われゆく職人魂とその物語への追悼となるのも素晴らしい。

暗闇を走る列車って主題がまたきわめて映画的だし。硬質なのにヌメっとして情熱的でエネルギッシュで。何度も書いてますけど、この作品もまた、まるでサイレント映画のように圧倒的な画面の力に満ちあふれてます。スクリーンにパワーが宿ってるってのは、まさにこういうこと!

部屋の外を歩く人影や足音やノイズを、そこで話す人物の心理描写と平行させるって手法も徹底してる。多くの人々が行き交う駅の様子をまるでオーソン・ウェルズのような長い長いワンショットでとらえた卓越した場面もあって、ああいうの見てるだけで涙が出てきますよ。

すでに『炭鉱に星は輝く』と『白い決死隊』があった訳ですが、それを含めても映画監督としてデビュー後数年でこれだけ完成度の高い長編処女作を撮るってのはすさまじい。鉄道映画としても、映画史上のベストの一本として数えられるべきだと思います。

PDVD_1140『エロイカ』(58) アンジェイ・ムンク
Eroica

英雄の主題を巡る最も高貴なサイレント映画2本立てであり、同時に、最もクレバーなサウンド映画2本立て!この両者の奇跡的な結合こそがアンジェイ・ムンクの天才、その最大の秘密だと思う。

直接的には関係ない2つの中編を組み合わせた作品。最初のパートでは、ワルシャワ蜂起の最中、レジスタンスの訓練が嫌で逃げ出した男が描かれてます。無類の女好き酒好きで、妻もおそらく浮気性というブルジョワの退廃を絵に描いたような人間が、ふとしたことから重要なミッションに巻き込まれる。

ただ自分が生き延びたい、楽しいことをしたいという欲望だけの男が、結局目の前の役割をこなす中で、闘うことの意味も見出していくってコメディです。とは言え、こういう物語でありがちなように、かつての自分を否定しつつ闘争に参加する男を讃えている訳ではありません。

むしろ、敵にも味方にも笑われつつ無様に逃げ惑いながら、それでも自分の仕事をやり遂げてしまう主人公の姿にムンクは大いに共感を寄せているように見える。こうした男だからこそ、自分が十分に生きるため目の前の戦いを選択したのだ、というのがここでのテーマではないでしょうか。

そしてこれは、ムンク自身、ワルシャワ蜂起に参加した当事者であるが故にいっそう重いテーマだと思います。戦争だろうが革命だろうが権力への反抗だろうが、誰もが真っ先に英雄になろうと拳を振り上げる世の中で、生き延びること、人生を楽しむことをそこから全く排除していない。

PDVD_1283むしろ、それこそが常に最優先の価値であり、それ抜きには世界にも闘争にも何の価値もないと主張しているように私には見えます。

スタイル的には、『不運な男』へと直接つながるサイレント喜劇映画のように撮られていますが、その視覚的センスは本当に素晴らしい。冒頭で人民軍が並んで教習受けてる最中、爆撃機ばかり気になる主人公の注意力散漫な様子も面白いし、後ろで風になびく煙がまた最高なんです!

主人公が立ち小便している最中、砲撃受けてオロオロする横で物干しに干された分厚い布団が大爆発するってサイコーな場面があって、これもう感涙もの!しかも、ニワトリまで空飛ぶんですよ!初見以来、個人的な映画史上のベストシークエンスの一つです。

川縁でワイン飲んでると後ろからドイツ軍の戦車が近づいてきて、ラッパ飲みする主人公のワインボトルと同じ角度で砲台上げた後ドーンと撃っちゃって、驚いた主人公が川に落ちるのを見て中から笑い声が聞こえてくるとか、なんて面白いんだろう。

レジスタンスの重要な会見が行われている間、戸口で待たされる主人公の背後で奥さんがどうやら間男と手を振り合ってる(笑)とか、英雄的ミッションやり遂げた人間に何その扱いって大笑いでした。

二つ目のスケッチも、同じく第二次大戦下の話。ナチに捕らえられたポーランド将校が収容されたサナトリウムを描いてます。捕虜収容所としては待遇が極めて良く、食事も睡眠もタバコでさえ好きなだけ手に入るこの場所では、欠けているのは孤独と逃走を試みる英雄だけという物語。

雑居房の中、ベニヤ板で小さな読書室を作っていた本好きの囚人は、仲間の喧噪と干渉に堪えきれず、やがて逃走を試みるというのが一つのストーリー。そしてもう一つ、かつてこの収容所からの脱走に成功したという伝説的な英雄の真の姿が平行して描かれています。

…いや、これ詳細と結末は書くのやめますが、と言うのは、本当に良くできたものすごく面白い話だからです。是非、実際に見て欲しい。戦争と英雄の主題をこれほど深く掘り下げた映画って、なかなか他に思い当たらない。シンプルな筋立てにものすごくディープな主題が込められてる。

PDVD_1319収容所に来たばかりの2人の新人の目を通して描かれてるんですが、その1人が夜眠れないで起き出すと、ある囚人が自らの狂信的な信念を語りかけてくる。それに対してまた別の囚人が、やめておけ、君が狂うまで3年あったじゃないか、彼にはこれが最初の夜だって言ったりする。

テーマは、ここでもやはり生きること、生き延びることだと思います。人が生き延びるためには様々なものが必要になる。その全ての裏事情を知った上で、見ようによっては極めてシニカルであり、同時に英雄的でもある人間の姿と行動をムンクは冷静な筆致で描き出している。

人生において、生き延びることにおいて、英雄崇拝とシニシズムの間には、人が思っているほど実は大きな距離はないのではないか。そうしたことも考えさせられる作品です。

捕虜収容所内での心理劇として、『パサジェルカ』に連なる作品だと言って良いと思います。しかし、その描き方は全く違う。『パサジェルカ』が収容所を即物的な肉と暴力がうごめき衝突する場所として見せるのに対して、こちらはもっと抽象的で乾いた印象を与えられる。

しかし、一見整然としてクリーンな外見を一枚めくったところにこそ、鋭利な刃物がぶつかり合うような心理的闘争があるのだというのが、ここでの真のテーマであるわけです。それは『パサジェルカ』の主人公リズの無表情と収容所の混沌との対比に近いかもしれません。

その闘争を、ムンクはここで音の活劇としても描いてます。歩く音、笑う声、ギターの音、咳払い、ささやき声…これらは全て事件となり、喜びともなり、凶器ともなる。ドイツ軍の姿がほぼ登場しないのも、この作品の大きな特徴。人の生命を高揚させ、阻害するものは、常に私たち自身の内部にある。

『エロイカ』の野心とは、映像と音響のそれぞれに重心を置いた性格の異なる2つのスケッチからなる作品を作ることにあった。これほど実験的な企画を、その才気を前面に出すことなく興味深い物語映画として実現してしまうのが、アンジェイ・ムンクの天才って奴だったのだと私は思います。

munk3

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