女子便所について私が知っている二、三の事柄

おてあらい女子が2人以上集まれば、そこにはすぐさま、便所空間が生まれます。
連れションによる連帯心理というか、共感と相互監視による閉鎖的コミュニティというか、ま、要するに、学校の女子便所とか会社の給湯室とか昼休みの屋上なんかで毎日のように見かけるアレですね。

もちろん、すべての女子がこういったコミュニティに参加しているわけではなく、参加したくても参加できない状態の女子、あるいは、男子以上にそうした群れを好まないタイプの女子なんかもいたりはします。
ただ、個人的な経験と観察による限り、群れを好まないタイプの女子は、女子便所コミュニティの側からも積極的に排除されたり嫌悪されたりすることが多いようですね。
群れを好まないのは、そうした女子ばかりではなく、むしろ、多くの男子がそうである訳なのですけれども、何でしょう、あの子は私たちと同じ女子なのに違っている、私たちの価値を共有しない、という苛立ちがそうさせるのでしょうか、女子便所共同体の安定を確保するための自衛本能なのでしょうか、きわめて冷淡でとげとげしい扱いを受けることが多いように見えます。
それは、学校や会社などでの通常業務や日常のコミュニケーションにさえ深刻な影響を及ぼすほどです。
彼女が群れを好まないのではなく、私たちが彼女を排除しているのだ、という構図がそこにあることを世間にアピールしなくては気が済まないような感じです。
こうした理不尽な村八分的扱いの残酷さをよく知り尽くしているからなのでしょうが、多くの女子は、好むと好まざるとに関わらず、女子便所的連帯空間の中に自分の場所を何とか見つけることができるよう、自らを方向付けることになるのです。

穏やかな共感の微笑にあふれたその空間は、したがって、決して穏やかなばかりではない。
共感という名の相互監視に自らを馴致させ、その価値に自らを従属させるための個人的な努力が、内部では日々繰り広げられてもいるわけです。
女子便所空間が、ある種、完全に自発的で、その構成員の暗黙の了解と無意識的なサポートを十全に受けたものであるという理解の仕方は、それはそれで、ある種の神話であるのではないでしょうか
いくつかの観察による限り、そこには間違いなくある種の権力関係があるし、支配と従属、ないしは黙認によるコンフォーミズムの関係が成立しているように思います。

女子便所空間は、また、男子に対して排他的な壁面を構成する役割も備えています。
多くの男子は、女子便所から排除され、その内部に入っていくことはできません。
逆に言えば、女子便所に入ることが許される男子とは、去勢された男子であるわけです。
『白い肌の異常な夜』のように、去勢され無力化されたカゴの中の鳥=一人の男子を、多くの女子たちが囲って愛でるという隠微な風景がそこでは繰り広げられることになるのです。
もちろん、静かに去勢を受け入れて、その扱いに満足する男子ばかりがそこにいるわけでもありません。
逆に、女子便所の内部にある何らかのターゲット、たとえば目的の女子をゲットするためにこそ、敢えて自らの去勢を偽装し、女子便所の内部へと潜入してみるような、一筋縄ではいかない男子の駆け引きもそこには存在する余地があるでしょう。
このあたり、なかなか緻密でダイナミックな思考戦が繰り広げられる状況であり、個人的には、観察していてなかなか楽しめるものであったりはします。

最後に、女子便所空間に片足を置きつつ、しかし、その価値によって自らを染め上げてしまうことが決してない女子というのも、一方で確かに存在しています。
男子に対しても、排除か去勢かという恐怖の二者択一を迫ることはなく、あるいは、集団への従属と個人によるその抜け駆けというギャンブルに自らの掛け金を置く必要もない。
女子たちの共感と相互監視に支えられた関係性の網の目と、その外部にある男子の言説との間を自由に行き来し、その両者をしなやかに組み合わせ、それぞれの可塑性を最大限に活用しながら、新たな場をその度ことに生み出してしまう奇跡のような営みとでも言えば良いでしょうか。
共感、相互監視、排除、黙認、従属、対立、去勢といった、いかなる上記のパターンにも収まらない、実にダイナミックで流動性にあふれたコミュニケーション空間を創出する特別な才能を備えた女子というものが、この世には間違いなく存在しているのです。
そしてそれは、男子の目から見て、きわめて強い輝きを放つ、クレバーで魅力的な存在に映る。
個人的な観察と経験から言っても、こうした女子は、メチャクチャモテると思いますね。

要約すると、女子便所の共感コミュニティをめぐって、女子たちは以下の5つのタイプに分けられると言って良いでしょう。
すなわち、貴族、奴隷、町人、追放者、そして吟遊詩人。
(実は、これらとは別のカテゴリとして、お姫様というタイプも存在するが、これについては続編で書く予定です。)

男子である私の目から見て、高貴なのは、追放者。
美しいのは、吟遊詩人です。
高貴な追放者が、その誇りを奪われる姿を見るのは悲しいし、美しい吟遊詩人が、その魔法の声を失っていく過程を見守るのは、あまりにいたたまれない。
さて、あなたはいったい、どのタイプに分けられるでしょうか?

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