映画日記110901

23201『ヴァルハラ・ライジング』(2010) ニコラス ・ウィンディング・レフン
Valhalla Rising

ナパームもキルゴアも出てこないポストロック版『地獄の黙示録』後半、あるいはテレンス・マリック版『座頭市』って感じ。今年のカンヌで最新作『ドライヴ』が監督賞取った人の作品ですが、これは作家ぶって単に勿体つけてるだけ。ひどく退屈。

あるいは、ありがちな言い方すると、いわゆる黒澤明+タルコフスキーって感じでしょうか。そのあたり狙う人、昔からたまにいましたけど、これは全然ダメ。全然全然ダメ。こんなのに騙されてちゃダメだ。

『ドライヴ』すごく評判になってるんで、かなり期待して見たんですけどね。ま、壮大な映画、誇大妄想系の映画作家を目指してるのは分かりますが、正直まだハッタリにもなってない段階かな。とりあえず、カメラの使い方から勉強してみようか。ま、『ドライヴ』は見ますけどね。評判良いし。

19468150『火葬屋』(69) ユライ・ヘルツ
Spalovac mrtvol

ブラザーズ・クエイによって再発見されたチェコスロバキア時代のサスペンス/ホラー。超レア作品。似た映画上げるなら、ポランスキーの『反撥』とかですかね。非常にオリジナル。いかにも東欧的なスタイルと雰囲気で、好きな人には熱狂ものでしょう。

30年代チェコで葬儀屋を営む主人公は、妻と二人の子供に囲まれて慎ましく暮らしていたが、あるセレモニーで今はナチスの党員となったかつての戦友と出会う。少しずつ彼らに感化されていった主人公は…、という感じ。

ほぼ全編主人公の独白が延々と続き、場面転換も、喋り続ける彼のアップからカメラを引くと、いつの間にか別の場所に来ている、という作り。なので、偏執狂的でどんどん狂っていく主人公の頭の中に90分間幽閉されたような気分にさせられるスタイルです。息苦しくて、かなりしんどい。

ちょっと変わってる程度のごく普通の男が、いつの間にか大量殺人鬼へと変化していくまでの精神的プロセスを静かに淡々と描写した作品。傑作とまでは思いませんが、無声映画的画面連鎖にモノローグを加えて独自に発展させたようなスタイルはかなりオリジナルで、学ぶべきものがいろいろありそう。

そうそう。ちなみに、主人公が自民党のI破茂氏にそっくりで、だから、その頭の中に90分間閉じ込められるわけですよ!怖いでしょ?(笑)

『火葬屋』予告編 http://www.youtube.com/watch?v=nQeMvEzEpvU

fluier『口笛は吹きたいときに吹く』(2010) フロリン・シェルバン
Eu cand vreau sa fluier, fluier

素晴らしいです!少年院を舞台に、一人の青年に密着しながら、その心の揺れ動きを即物的なスタイルで生々しく切り取った作品。2010年のベルリン国際映画祭で審査員特別賞に輝いてます。

少年院からの出所を2週間後に控えた青年が、面会に来た弟と話す。長らく家を出ていた母親が戻り、数日後には弟をイタリアに連れて行こうとしているらしい。しかし、彼にはどうしてもそれを許すことが出来ない事情があった、って感じの物語。

決して難しいことはしてません。非常にシンプルなスタイルで、ただし逆に映画好きがゲ!となるようなことも一切していない。ま、ある時期フランスなどを中心に確立した即物的で現実主義的なスタイルですけど、その基本に忠実に則って、ストーリーの強さと環境の映画的面白さを強く打ち出してる。

犯罪者と少年の2つの顔を持ち、次第に追い込まれていく寡黙な青年を描くってのが、もう十分映画的なわけですから、それをシンプルに見せるのが一番という発想ですね。風が吹いたり、砂埃が上がったり、少年たちが馬乗りで遊んだり、うつむいて立ち止まったりするだけで映画は輝く。

これがルーマニア映画だってのも大きいでしょう。素材の良さを引き立たせる素朴な味付けを成功させるには、良い素材が取れて、しかもそれが説得力を持つ場所じゃなきゃ無理。この映画見てたら、少年たちがみんなすごくいい顔してるもんな。

実際、2000年代半ばからルーマニア映画は国際的にかなり注目されていて、日本で紹介された『4ヶ月、3週と2日』なんかを代表に「ルーマニア・ニュー・ウェーブ」と呼ばれてるのですが、この作品もそうした機運の中で生まれてきたものだと言って良いと思います。映画の方向性も似てる。

ジョアン・ペドロ・ロドリゲスみたく、映画の様々な手法やスタイルの実験とその飽和を経由してきた後、ああ、それでもこんな新鮮な驚きをまだまだ映画は私たちに与えてくれるってのが一方であったとすると、ルーマニア・ニュー・ウェーブは、映画の素朴な力を再び思い出させてくれるような動きですね。

世界の映画を見るには、このどちらも必要。もちろん、ハリウッドも必要。そういう様々な力が絡み合って複雑な模様を作り上げている場所こそ、映画の現在ってやつです。

get_low_poster02『ゲット・ロウ』(2009) アーロン・シュナイダー
Get Low

素晴らしい!ちゃんと撮られた、ちゃんとした大人のための、ちゃんとしたアメリカ映画。語り継がれるべき物語と、素晴らしい人の心と、素晴らしい演技がここにはある。アメリカでは映画が今もちゃんと生きてると実感できます。

でも、日本では公開されないんだけどね。こういうのに限って。

30年代、人里離れた山奥でひっそり暮らしていた一人の男が街にやってくる。彼は大金を積み、自分が死ぬ前に葬式を出したいと望む。そして、街の人々に自分の噂話をその場で語ってもらいたい、と。葬儀屋の青年は、その準備の中、男が一人で抱えてきた大きな秘密に次第に気づくようになる、って話。

いい話じゃないですか!『ビッグ・フィッシュ』がオマージュを捧げたアメリカのフォークロアとかトール・テイルの伝統を堂々と正攻法で正面から映画にしています。

孤独に暮らす偏屈な隠者という、きわめてアメリカ映画的な人物が主人公、しかもそれを演じるのがロバート・デュバルですよ!もう、それだけで最高の映画に決まってる!しかも、共演してるのがシシー・スペイセクにビル・マーレイ!彼らが静かに会話するだけで素晴らしい。

終盤、自分の人生を振り返りつつデュバルが語り始める場面があるんですけど、ここはもう涙なしに見ることができない。久しぶりに、エンドロール最後まで静かに見つめていたくなる映画でした。こういう人生の年輪とか経験の豊かさとか正面から見せてくれる作品、ちゃんと日本でも公開して欲しいなあ。

the-last-exorcism-poster-14-5-10-kc試写日記:
『ラスト・エクソシズム』ダニエル・スタム
The Last Exorcism

面白い。上映時間90%くらいはかなりノリノリで見てました。去年のインディペンデント・スピリット賞で処女作賞候補に選ばれただけはあります。フィエク・ドキュメンタリーの形式ではありますが、むしろ映画としてキッチリ撮ってる。

フェイク・ドキュメンタリーは、もちろん流行だからたくさん作られると言うことはありますけど、すでにこういう手法があること自体が前提になっていて、その上でいかに面白く見せるかにポイントが移り始めてる。と言うことは、演出が重要になってきている。

ただ、見てる方としてはちょっとその辺に誤魔化されてる感が。と言うのは、疑似ドキュメンタリー形式で作られると、その上である程度キッチリ構成しただけですごく上等なことをされた気分になる。敷居が下がるわけです。これは、アニメとかで映画っぽいことやると一瞬で映画ファンが参っちゃう、というのにも近いかも。

因みに、フェイク・ドキュメンタリー形式というのは、リアルにすり寄ったフィクションの堕落であるのではなく、リアルとフィクション両者の間に広がる空間こそが現代では重要なものとなり、そこにネットのコミュニティとか都市伝説とかが巣くっていることを率直に反映したものだと私は思う。

scream4-teaserposter試写日記:
『スクリーム4』ウェス・クレイヴン
Scream 4

面白~い!最高~!まるで、血糊と絶叫の宝石箱やあ~!!

『スクリーム』シリーズって、ホラー映画のポストモダンと言われて、って言うか私も当時率先して言ってましたが(笑)、ホラーのルールをいかに一つの物語へと投影するかに関心が集まりますけど、でも実はこのシリーズの素晴らしさって、何よりクレイヴンの見事な演出力だと思う。ホント見事だ。

道を挟んだ二軒の家で、窓越しに向かいの室内の様子を見つつ、さらに携帯電話による複雑なコミュニケーション回路を重ねた空間内で、いかにして殺人鬼を登場させ美少女を血祭りに上げるか。巨匠による恐ろしいほど見事な回答を見ることができます。距離感といい時間空間の処理といい、ホント素晴らしい。

あと、今回面白いのは、ホラーのニュールールVSオリジナルへのリスペクトという絶妙の構図!『ソウ』とか言うし。大笑い!いいなあ。ケヴィン・ウィリアムスン、大好きだなあ。

それと、『スクリーム4』は今回もいい若手スターが大量出演してて、エマ・ロバーツがめちゃかわいいですが、それはともあれ、クレジットで名前見て、あれ?と思って今調べたら、…やっぱ、アンナ・パキンがあんなぱきんに、いや、あんなことに…。

殺人鬼に殺されないためのホラートリビア:『スクリーム』シリーズはまだ4作目だが、登場人物の一人ロリー・カルキンはカルキン・ブラザーズの7作目だ。

『スクリーム』シリーズは、ポストモダンなホラー映画の先駆けとして、ルールの可視化を命題にしてるわけですね。ところが、それは危険なことでもある。スクリーンに一つの出来事として固着化されたものは、ルールの現在化として果たしてこれで良いのかという疑問と常に切り離せないから。

ホラーの場合、とりわけその危険は顕著なものでもある。背後に何かある、視界の隅に何かある、私たちの知らない何かがまだこの世界にはあるという恐れこそが、本来、ホラーの原点でもあったはずだから。『スクリーム4』は、その危険を可視化しつつ、一本の映画として成立させようとする。

ウェス・クレイヴンの卓越した部分は、それをたとえば殺し方の多様化=見せかけの豊かさで誤魔化すのではなく、むしろ原理を抽象化し徹底させ、その演出を極めようとする点にあると思う。先に書いた隣同士の2軒の家での殺人が典型的ですが、それは殆どモダンバレエみたいなもの。

しかし、ホラーのルールという抽象性と、被害者とナイフと窓と携帯電話とマスクをかぶった普通の人間といった現実的要素に2極化された、極限的に「軽い」恐怖映画の中に、その試み自体を通じて、クレイヴンは再びトランセンデンシーを探そうとしているように見える。それは単なるホラー映画への批評ではなく、やはりそれ自体、一本の映画であるのだ。そこが一番面白い。

limitless-poster試写日記:
『リミットレス』ニール・バーガー
Limitless

意外に面白かった。オープニング見た瞬間、あれ?と思いましたけど、やっぱその通り。これ、脳と身体の乖離という同じ主題を裏返しにした『ファイトクラブ』ですね。スタイルとか細部とか、かなり意識してると思う。

試写日記:
『恋の罪』園子温

はい。

scream4

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