映画日記110923

Scott-Pilgrim-vs-the-World-poster『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(2010) エドガー・ライト
Scott Pilgrim vs. the World

ゲーム版はやったんですが、映画見逃してたので見ました。面白かった。8bitラブとか相当なもので、サブカル映画やるってんならこれくらいやんなきゃ。ジェイソン・シュワルツマンがラスボスだった(笑)。

タイトルは、元カレって言っちゃうとホントはダメで、内容的にもVS世界というのが相応しい。優柔不断な今時の男の子の成長物語。グラフィックノベルとかに影響受けた最近のインディー系アメリカ映画の質の高さを十分証明してると思います。マイケル・セラはポール・ダノに少し似てる。

went_the_day_well『今日は順調だった?』(42) アルベルト・カヴァルカンティ
Went the Day Well?

『時の他何物もなし』で有名なカヴァルカンティですが、ブラジル出身でフランスに渡り、アヴァンギャルド運動に関わった後、イギリスに移住。後にブラジルへ帰国するも政治的理由から再びヨーロッパに戻った国際人でした。

この作品は、そのカヴァルカンティが第二次世界大戦中にイギリスで撮った作品で、グレアム・グリーン原作。オープニングとエンディングが戦争終結後の未来に設定されており、現在を振り返って戦時中の秘話を語るという構成になってます。

イギリスののんびりした小さな田舎村にイギリス軍一個小隊が訪れるが、実は彼らは変装したドイツ軍のパラシュート部隊だったことがやがて明らかとなっていく、というサスペンス映画。カッチリ作ってあって、ものすごく面白いです。デジタル復元版DVDなので、画質も素晴らしかった。

タイトルは、「今日は順調だった?我々は死んだから分からない。だが、良かれ悪しかれ、自由よ、我々は君のために命を捧げよう」という言葉から取られてます。戦意高揚映画ではありますが、『ボディ・スナッチャー』的なサスペンスと緊迫感がすごくて、映画として実に面白い。必見。

Marti_dupa_craciun『不倫期限』(2010) ラドゥー・ムンテアン
Marti, dupa craciun

DVDスルー。ヨーロッパ官能ものみたいなタイトルで、ツタヤでもエロチックの棚に置かれていましたが、これはカンヌ映画祭のある視点部門にも出品された作品で、実際のところセックスシーンは一つもないです。

監督のムンテアンは、ルーマニア・ニュー・ウェーブを代表する作家の一人。この作品では、不倫した夫とその妻、愛人のそれぞれが直面する修羅場を題材としながら、ドラマチックな描写を廃し、冷静で客観的なスタイルを貫きつつ、ほぼワンシーン・ワンカットで描いています。

ヌードシーンも少なく、即物的に撮られているので官能性は全くなし。アメリカンな物語ドリブンの描写スタイルとは対極にある作りなので、これ、普通にレンタルした人はたぶん10分も持たないんじゃないかと思いますが、それってどうなんだろう?

作品にとって不幸なのは間違いないし、それでも日本語字幕ついた形でリリースされるのはラッキーだとする見方もできるし。ただ、そこで我慢しなくちゃいけないってのも…。なんか、日本の映画を取り巻く状況って、ゆるやかに80年代以前に戻りつつありません?

冷静な大人であろうとする気持ちや社会的抑制によって営まれる日常生活を淡々と描写しつつ、その背後でうごめく感情や苦しみや欲望などがいつどこで噴出するのだろうかという危うげなバランスそれ自体を主題とした作品だと言えるでしょう。だから、犯罪はないけど、これはある種のサスペンス映画。

長回しは多用してますが、その中でピン送りを頻繁に使っていて、それもまたサスペンス映画的な雰囲気の醸成に一役かっていたと思います。主人公の友人が若い恋人連れてきて、周りの大人が彼女の若さを軽くからかうような会話に流れたり、ああいうの上手いなあ。面白かったです。

パッケージはオシャレですが、これはあちらのポスターそのまま使ってるから。因みに、画像では消されていますが、愛人女性の腰の部分にタトゥーが入っていて、たぶんマジもの。「夜」という漢字が彫られてました。でも、歯医者さん役なんだよ。夜の歯医者さんかあ。うーん。エロいな。

『不倫期限』予告編。ここでも出てきますが、愛人女性が足でノートパソコンの蓋閉めるとことか、すごく良い。
http://www.youtube.com/watch?v=Ud48PDgKS6k

The_Extra_Man_1『エクストラ・マン』(2010) ジャリ・スプリンガー・バーマン&ロバート・プルチーニ
The Extra Man

『アメリカン・スプレンダー』の監督コンビによる新作で日本未公開作。原作が「Bored to Death」のジョナサン・エイムスで、随所に類似性を感じさせられる。すっごく面白い!

タイトルのエクストラ・マンとは、高齢の独身セレブ女性をエスコートするジゴロのことで、ケヴィン・クラインが超はまり役で演じてます。あの人はホントああいう人になったな(笑)。マンハッタンに住む彼の部屋をポール・ダノがルームシェアするところから話が始まる。

社交界のパーティで男女の数を合わせる必要あるけど、女性の方が長生きなので余っちゃう。じゃ、エクストラ・マンを呼ぼうという感じでお声がかかる人たちですね。ハイソな人たちのおこぼれに預かって生きてるわけですが、自分なりのポリシーがあってプライドも高い。

もともと主人公は田舎で英文学を教える若き大学教師だったのですが、心の奥底に眠っていた悩みや屈折が女装癖としてふと表に出た瞬間、女学長にその姿を目撃され、故郷を離れてニューヨークにやってきたって感じ。その彼がクラインから様々な人生の機微を学んで成長していく物語。

独特のルールを持ち、昔気質だけど破天荒なボヘミアンであるクラインと、自らの心の落ち着き先を探す途上の文学青年ダノ、そして毛むくじゃらのセックスアニマル(笑)ジョン・C・ライリーのトリオが中心になるあたり、「Bored to Death」とおんなじキャラクター構成でした。

フィッツジェラルドを愛し、自分の人生がまるで小説家によってナレーションされているように感じるという主人公の姿を実際に文学的なナレーションによって対象化しつつ、彼が何者で本当は何をしたいのか見極めようとする過程を残酷かつ愛情あふれた筆致で描いています。

この、つかず離れずの距離感が気持ちいい。

ダノが勤める雑誌社の同僚としてケイティ・ホームズが出演。ランチはゼン・パレットに限ると言う彼女にベジタリアン?って聞くと、ヴィーガン(菜食原理主義者)なの、動物愛護に命かけてるって答えるんですが、その一方、自分に好意を寄せるダノを結構な独善性で使い倒したりする(笑)。

まあ、もちろん男性目線ではあるんですが、これはミソジニーって言いたくないですね。男女ともに残酷でリアルで突き放した描き方をしてる。一歩間違えればフラナリー・オコナーの「賢い血」的な方向に流れそうになる物語なのですが、最終的に暖かいユーモアで包み込むのも素敵だと思います。

「Bored to Death」同様、いかにもニューヨークのスノッブが口にしそうな固有名がバンバン並べられて、本から絵画からオペラから映画まで、いかにもってのばかり。たぶんエイムス自身本当に好きなんだろうけど、同時に自虐的な笑いにもなっていて、教養の奥行きを感じさせられますね。

ホームズが環境保護デモで出会ったマッチョなイケメンに夢中になるんですが、その彼の部屋で「セメント工場が鷹の目を殺すわ~」ってギターで作曲してたところ彼に変だと笑われ、すぐさまダノのところに行って自尊心回復しようとするあたり、うわあ、残酷だなあ、と(笑)。

実際、こういうことやるんですよ。人間というのは。動物愛護ばかりじゃなくて人間愛護の精神も持ってほしいものです(笑)。デモ行って環境愛護に血道を上げてれば、すなわち人間として立派って訳じゃないしね。

キャストも豪華だし、ユーモアに溢れた素晴らしい作品なんですが、とにかく知性や教養を肯定的に描いた現代の映画は日本公開されないものだと思っておいた方が良さそう(笑)。ともあれ、ポール・ダノが実に素晴らしい作品でもありました。彼には大物の雰囲気があります。

『エクストラ・マン』予告編。
http://www.youtube.com/watch?v=Yp3ItefraLw&hd=1

Overlord『兵士トーマス』(75) スチュアート・クーパー
Overlord

ある英国の青年が召集され、田舎から戦場へと向かい、D-DAYに一兵卒として参加するまでを追いかけた作品。大量のニューズリールとフィクション部分が一つの作品としてきわめてスタイリッシュに編集されている。

『フルメタル・ジャケット』にも『プライベート・ライアン』にも『シン・レッド・ライン』にも『ジョニーは戦場に行った』にも似てますが、全体としては70年代的な観念的描写とざらついたリアリティが混在した不思議なテイストの作品になってる。イギリスらしさも感じる。

英米ではかなり評価の高い作品で、確かに戦争映画としてかなり異色の作りであり、同時に様々な映画から参照されている感もある。戦争映画の表現の幅と可能性について考えるには欠かせない作品の一つかもしれません。傑作とまでは思いませんが、一見の価値は十分にあります。

今まで見たことなかったD-DAYの舞台裏とか訓練風景とか、実際に使用されたか分からない様々な上陸用特殊装置(ロケット噴射で回りながら海の上を動いていく巨大な車輪)など、記録として面白い部分も多々あります。

監督のスチュアート・クーパーは、70年代に監督として映画を何本か、俳優としてアルドリッチの『特攻大作戦』などに出演した後、80年代以降は主にテレビで活躍している人のようです。

la-guerre-est-declaree『宣戦布告』(2011) ヴァレリー・ドンゼッリ
La Guerre est declaree

素晴らしかった!女優として知られるドンゼッリの監督作ですが、余技ではなく、むしろデプレシャンやオノレ以降に属する正統なフランス映画の新人による作品だと見られるべき。

ロメオとジュリエットという若い夫婦が息子アダムの病気という大きな苦難に襲われながら、決して希望を捨てず明るく戦い続ける姿を描いている。この作品が素晴らしいのは、なによりそのポジティブさ。自分の見てくれより何より、まずは愛する赤ん坊を危機から救おうとするポジティブさがそこにはある。

それは、単に物語上の出来事ではない。彼らが救おうとする赤ん坊とは、一つにはもちろんアダム、そしてもう一人は、21世紀の赤ん坊である映画そのものだと言える。だからこそ、洗練や形式上の統一といった見てくれに捕らわれず、映画の力となり得るものがなりふり構わず総動員されている。

長いオーバーラップやトリュフォー的ナレーション、オノレ的ミュージカル場面など、それらはしたがってスタイルや審美的選択なのではない。劇中、若い夫婦は「強くなくてはならない」と口にしますが、それはまさに、自ら現在を強く生きるための必要から来る選択であるのです。

既視感や洗練という名の牢獄、過剰な現実主義による抑圧は、フランスではデプレシャン以降の世代的憂鬱として表面化していますが、実はフランスばかりにとどまる問題ではない。

アメリカのインディペンデント作家においても同様の悩みがあり、しかもそれはフランスに比べ語られてないことは、次号「buku」連載で書きました。コーエン兄弟やリンクレイターらを挟んで、いかにアメリカの映画作家が「強く生きる」ために戦ってきたか、是非、一読いただければと思います。

ドンゼッリに話を絞れば、その長所は、様々に繰り出される多彩で賑やかな見せ場の連続を華やかさとして手中にできる「力」にあると思う。そしてそれは、ある程度バランスのたまものとも言える。構成的・統御的なバランスではなく、もっと感覚に属するバランスですね。

これが、3作目4作目と撮り続ける中でどう変化していくか。同じ新鮮さを保つことができるか。何らかのスタイル的まとまりを見せるか。あるいは、過剰に表現主義的な映画の自己言及に捕らわれてしまうか。その辺は正直まだまだ未知数ですけど、まあ、それはまた別の話。

Belleville_Tokyo-569994477-large『ベルヴィル/東京』(2011) エリーズ・ジラール
Belleville Tokyo

『宣戦布告』同様、ドンゼッリとジェレミー・エルカイムによるコンビ作品ですが、こちらはちょっと地味かな。悪くはないですが。並べて上映すると、やや旗色悪い。エルカイムは、ちょっとジェームズ・フランコに似てる気がした。
外見ではなく、佇まいとか雰囲気とかが。

110926

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