『パララックス・ビュー』

parallax_view_poster『パララックス・ビュー』(1974)アラン・J・パクラ:子供の頃に名画座で見て以来の再見。70年代頃のハリウッドアクション映画はその前後とは隔絶したノイジーな作りのものが多くて、これはもちろん仏ヌーヴェル・ヴァーグ→アメリカン・ニューシネマの流れがあるから。

ただ、そのノイジーな中でもドン・シーゲルみたいな人はビッと決めるところをちゃんと決めるから面白いわけですが、パクラってそこが下手くそでなんかだらしない雰囲気ものに流れちゃうことが多い。これもそんな一本。当時見て何だかなあと思いましたが、今回もそう思った。

ノイズの部分、というか雰囲気映画としてハズシの面白い場面はいっぱいあるんですけどね。ダムの放水場面とか。あれは笑える。だから、こういうの見て冴えた部分盗むと良いと思います。

映画としては、『テレフォン』とか『スカイフォール』『マトリックス』と一緒で、この間から続けて見てる<情報と人間>もの。そこに、俗流カフカのニュアンスが入ってる。当時出たばかりのPONGをチンパンジーがプレイする場面など、なかなか面白いことやってる。

『時計仕掛けのオレンジ』の真似っぽい洗脳映像が延々流れる場面とかね。<情報>がアクション映画の主題になるのは、それが行動主義、マッチョイズムの敵となるから。これはつねにアメリカ映画の主題だけど、こうやって情報と敵対してるの見返すと色々学ぶところ多くて面白いよ。

現在のgoogle世界の中で、とってもリアルな問題の一つだと思うし。

でも、一番面白いのは実はこの映画のポスターに使われたメイン画像で、これ当時ものすごく影響を受けた(笑)。映画雑誌にタイトルの意味は「視差」だと書かれていて、そうか!それが世界か!と。

つまり、世界は見えるままのものとは違うし、見る人間の立つ場所によっても違う、それを違わせることによって事実はいくらでも捏造できるという、今で言うメディアリテラシーを教わった映画ポスターでした。このポスターにはガーンと衝撃受けた。

『パララックス・ビュー』ポスター http://parallax-view.org/wp-content/uploads/2009/08/parallax_view_poster.jpg

「as American as apple pie」ってコピーも素晴らしいな。

密室となった飛行機から主人公がどうやって脱出するかという『引き裂かれたカーテン』みたいな場面もありますけど、なんだろうなあ、サスペンスのポイントがユルユルだから、見ててドンドン退屈になっちゃう。このあたりチャンと作ってあったら良い映画になったのにな。

「as American as apple pie」ってのは、「アップルパイのようにアメリカ的だ」って慣用句ですけど、この映画で描かれたような陰謀がアメリカの日常だって意味(それが日本版ポスターに採用された)に加えて、アップルパイのようなイメージを捏造することで作られるアメリカ的なものという意味がそこには込められている。
さらに、慣用句の中にこうした複数のダブルミーニングを読み込んでいく文脈操作を含め、ポップアート的というか、ウォーホルみたいなポスターでありコピーだと思いました。いやあ、これは良くできてると今見ても改めて感じます。

あ、もちろんポスターのビジュアル的なツボは、人文字で暗殺のイメージを作っている部分で、つまり一枚一枚は単なる無意味なカードを集積して、ある方向から見れば、それが明確なイメージとして見えるという。これ知ってたせいで、甲子園のスタンドを素直に見てられませんでした(笑)。

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