仙台短編映画祭13-入江悠『狂人日記』事件

 仙台短編映画祭13が、2013年9月21日(土)から23日(月)にかけて開催された。ゲストとして招かれていた私は、一人の観客としてもその殆どのプログラムに参加した。日本におけるインディペンデント映画状況を様々な角度から取り上げた意欲的なプログラミングで、非常に充実し、かつ楽しめる内容だったと思う。無料配布されたパンフレットの豪華さを含め、スタッフの苦労は計り知れないものがある。中でも今回の目玉となったのは、10周年を迎えたせんだい・宮城フィルムコミッションとのコラボレーションで行われたという、映画祭自体による映画制作企画であろう。<参加型映画制作「仙台の新しい記憶をつくろう」披露上映>と呼ばれるそのイベントを見るため、21日は私も朝5時に起きて仙台へと駆けつけた。

 「新しい日常 仙台ラブストーリー(愛のある風景)」をテーマに、冨永昌敬、入江悠、真利子哲也の3人の作家に短編制作を依頼したその企画は、内容的にはきわめて充実したものとなったように思う。日本の若手映画作家が多い今回の映画祭の中では、やはり上記3人は特筆すべき才能の持ち主である。むしろ、もはやこうした短編集のレベルで撮っているべき作家ではない。『同じ星の下、それぞれの夜』も上映された冨永と真利子は、もし私が映画プロデューサーであったなら、今すぐにでも長編企画を持ちかけて、二叩き三叩き(失礼!)した上で大きな映画祭の一等賞を獲れる作品を作らせようとするだろう。勿論それが興行的成功を意味するものとはならないかもしれない。しかし、彼らが現在の状況にとどまっているのは、日本映画全体にとって不幸なことである。また、TVシリーズ『ネオ・ウルトラQ』採録の3エピソードが特集上映された入江は、次代の日本映画中核を担いうる貴重な人材であると思った。彼らが手がけた短編集は、したがって非常にレベルの高い作品に仕上がっている。しかし、そこには同時に、映画の内的な充実ぶりでは片付けることのできない問題が含まれていたのだ。

 「仙台の新しい記憶をつくろう」と題され「ラブストーリー」をテーマとした短編集としては、その作品に触れた者であれば誰もが想像つくように、冨永と真利子の両作品はかなり変化球に属するものとなっている。『マグノリア』の一場面を下敷きに撮られた真利子作品、死者と記憶を巡るボルヘス的迷宮とも見える冨永作品は、ともに映画祭の掲げたテーマに対し正面ではなく斜めに位置しながら、しかしギリギリの距離は保ってはいたと思う。3本の短編からなるオムニバスである以上、残りの一本がテーマと正面から向き合った王道のものであったなら、全体としてかろうじてバランスが取れていたかも知れない。しかし、その残りの一本である入江作品が、むしろテーマが喚起する内容とは真逆に位置する、見ようによってはそれを真っ向から否定する内容のものであったのだ。無論、これは入江の責任ではない。全体の作家選定と内容監修を行い、それぞれの企画にゴーサインを出した者の責任であるだろう。仙台短編映画祭スタッフの一人であるSさんだ。そしてこれが同時に、オムニバスとしての完成度よりも、各作家がその作品世界を十分展開できることをSさんが優先した結果であることも想像に難くない。したがって、映画批評家としてはこの判断を高く評価したいと思う。コラボ企画である以上、関係各機関との様々な軋轢や衝突が間違いなく生じた筈である。それでもなお、各作家の作家性を尊重しようとする姿勢は、きわめて勇気あるものだと思う。

 だが、その寛容と勇気を超えて、今回、入江作品の周辺には数多くの問題が生まれてしまった。『狂人日記』と題されたその作品は、簡単に言うと、仙台の街を徘徊し、トラックの荷台でマスターベーションする「狂人」が、街で見かけた女性をスーツケースに監禁し、チャックの隙間からレイプしオーラルセックスを続けた果てに、派手に精液をぶちまけるような内容である。ATGカラックス、ないしは今村昌平『メルド』とでも呼ぶべき作品だ。物語、そのあからさまな性描写、そして全体としての攻撃性を含めて、通常であれば18禁として扱われるべきものだろう。それが、仙台の街の復興をテーマに掲げ(どういう観客が見に来るか、どういう期待が作品に対して寄せられるか、ただちに想像が付くだろう)、広く一般市民に開放された無料上映の場で公開された。お年寄りも、親子連れも、四、五歳の児童も実際に見に来ていた場所である。

 これ自体、おそらく大きな議論を生む可能性があるだろう。(この論点に関して、私個人としては、入江監督と映画祭の立場を「ある程度」共有する。)しかしそれはひとまず置くとしよう。入江監督は間違いなく確信犯であるからだ。確信犯である以上、それなりの覚悟も備わっている筈である。そう考えて当然だろう。これは映画なのだ。他人のお金で作られ、宣伝され、注目される大きなイベントなのだ。バイト先のコンビニでアイスケースに入った動画をYouTubeにアップロードしてしまう仲間内の遊びとは訳が違う筈だ。実際、この作品は、脚本の段階で既に大問題となっていたようだ。しかし、なんとしても監督の意図を尊重しようとした映画祭スタッフは、その物語の結末という一点を盾に関係各所を必死に説得したとのことである。そしてそれは、非人間的暴虐の限りを続けていた「狂人」が、最期に一瞬の悲しみと人間性を垣間見せる、というものであったらしい。しかし、このエンディングが入江監督自身によって撮影直前にいきなり変更されてしまった。完成作品におけるそれは、(震災からの復興といった)人間性の虚飾を暴き、侮蔑し、愚弄し、それを地に堕とすことにのみ関心の注がれたものとなっている。少なくとも、そう読むことができる。

 その姿勢に対する是非は置こう。また、作品の出来映えによってそれが肯定されるか否定されるべきものとなるかといった議論にも私は与しない。(個人的には、既視感は拭えず、映画のアプローチとしての新しさも感じないが、レベルの高いしっかりした出来の作品だとは思う。)同様に、映画祭スタッフもまた、この企画を入江監督に任せた以上、その作品作りを100%支持するという態度を貫こうとしていた。これは、他人が端から想像するより遙かに大変なことである。実際、上記の脚本変更のため、映画祭スタッフが関係各所への弁明に使ってきた「根拠」は全て崩壊してしまうこととなった。Sさんは、明日からあちこちで土下座してきますと言っていた。もはや言葉で何を言っても無駄である。とにかく土下座してくる。そして、これが誇張でも何でもないことは、私が映画祭期間中に出会った様々な人々の言葉からも明らかだった。彼ら彼女らは、あくまで入江監督をサポートしようとしていた。しかし、その一人隣には、融通の利かない、頭の固い、映画や文化や芸術の事情などサッパリ理解する気のない大きな組織と権威とその体質が横たわっている。彼らの言葉と様子を通じて、その存在がハッキリと感じられたのだ。

 例えば、映画祭初日に話したフィルムコミッションのスタッフは、今回の企画、実際に現場でも協力を惜しまなかったし全力でコミットしたつもりだが、自分としてはサザエさんのような映画が常に東北のあちこちで作られているような状況こそ本当は理想であると口にしていた。周囲からの激しいバッシングもあり、この作品に関わったことは本当に苦痛であったと。私はそれに対して、映画はそうした「お茶の間の共感」を超えた感動や傷跡を観客の心に残すべきものだと思うし、それ以上に、映画を信じ、すぐれた映画作家を信じ、彼らを100%支援しようとする映画祭スタッフの志の高さを是非サポートしてあげて欲しい、そして、彼ら彼女らの映画をとらえる眼差しはとても鋭く正しい、と彼女に伝えた。

 しかし、その映画祭スタッフの方でもまた、やはり動揺は拡がっていたのである。彼らは、自分たちの映画祭でその才能を発見したと自負する入江監督の味方である。しかし、それでもなお、「女性としてこの作品には生理的な不快感を抑えることができない」「復興という文化的な虚飾を暴こうとする意図なのかも知れないが、正直、上から目線で見下されている感覚がある」といった言葉が聞かれた。正直な実感だと思うし、この作品に対する説得力のある意見だと思う。こうしたスタッフの動揺に対して、全体のプロジェクトを統括していたSさんは、それでもなお入江監督をサポートしようとしていた。最終日にもう一度この作品が上映される。しかも、建物の入り口からすぐに入れる一階のロビー、映画ファン以外にも図書館を訪れる多くの一般市民の目に触れる公共のスペースでの無料上映である。その場所で、作品の上映後に入江監督自身に話してもらう。結末の変更を含め、この作品の制作意図を彼自身の言葉で観客を前にスピーチしてもらう。その時間はいくらでも取る。そう彼女は話していた。

 こうした自作解説への依頼は、作品の映像と音響によって観客にアプローチする映画監督に対して過大な要求であろうか。私は、そうは思わない。映画作りは、責任の伴う仕事である筈だ。それは、YouTubeにおふざけ動画をアップロードすることとは訳が違う。しかも、そのおふざけ動画でさえ社会的に大きな問題となってしまうご時世である。映画監督は、むしろ率先して映画の倫理、映像の倫理を広く一般に対して発言し問いかけていく義務があると私は考える。それに何より、今回の事態は入江監督自身が確信犯として自ら生じさせたものである。彼を信じようと努める映画祭スタッフでさえ動揺している。そこで一言、自らの考えを述べるくらいの義務はあるだろう。それは殆ど、人間として当然のことではないだろうか。

 結論から言うと、最終日に行われた上映で、入江監督は殆ど何も口にしなかった。作品の制作意図と、結末の変更を含め観客に何を問いかけようとしたのか、この仙台で是非話して欲しいというSさんのフリに対して、通り一遍の観客への感謝の言葉を述べた後、入江監督は彼が連れてきた大勢のスタッフ・キャストへとあっさりバトンを渡してしまったのだ。それらスピーチの中で、「狂人」を演じた主演の水澤紳吾が観客に何かを伝えようとしていたことだけは記憶に残った。全体的に混乱した、たどたどしい言葉の中でも、観客に対して自分の正直な胸の内を明かそうとした彼の気持ちはそこから感じられたのだ。仙台出身だが東京で活動する自分は東北の人に対して負い目を感じ続けているというその内容は、『狂人日記』が含意するメッセージとはつながっていない。しかし、彼の気持ちだけは感じられる。ある意味、これで十分だったかもしれない。もし、入江監督がこうした言葉を発していたとするなら。しかし、彼は実質何も言わなかった。

 そればかりではない。入江監督は、これに先立つトークショウの中で、今回、仙台短編映画祭に依頼されて映画を制作したことに対してこう述べている。自分に企画が回ってきた段階では、すでに先輩の冨永監督や真利子監督が引き受けたと聞いた。だから自分も引き受けたが、これはとんでもないものだった。騙された気がした。お金も足りないし、スケジュールも足りない。仙台市から外で撮影できないなど、融通も利かない。「映画芸術」で若手映画人が映画を撮ろうとする「やりがいの搾取」が話題になったことがあるが、まさにそれではないか。今後、こうした企画を引き受けるかどうか、自分も考え直さなくてはいけない。こうした彼の発言内容に対して、おそらくその通りといった側面もあっただろう。しかし、若手映画人に活躍の機会を与えたいという一方の功績もある訳ではないか。それに、作家と出資者たち、官僚機構との間に立って苦労している現地のスタッフたちもいる訳だ。彼らの前で、自作とその制作/上映の両方に関わる映画祭の状況についてあの場で触れられた殆ど唯一の言葉がこれというのでは、第三者の目から見てもかなり酷いように思う。

 また、映画祭公募作品へのコメンテーターをつとめた別のプログラムで、入江監督は、こうした場所で恥ずかしげもなく色々と話せたら、もっとあちこちの映画祭に呼ばれてお金も儲かるだろうと話していた。これなど、百歩譲って好意的に解釈すれば、今回の自作に対しても、作品それ自体が全てであって、それについて自分が話すことはないというニュアンスが含意されていたと取れなくもない。だが、それならそれで、自作について話す場所でこそ、そう口にすべきである。作品が全てであり、自分がこうした場でそれに付け加えることは何もないと。そして作品を見せて、それでも動揺と不信と批判と反感が拡がるのなら、それは自分と自分の作品の責任であると。何も話さないと口にすることは、何も話さないこととは違う。私はこうした態度には与しないし、現代の映画作家が取るべき態度だとも思わないし、現地スタッフの動揺に対する背信行為であるとも感じるが、それでもなお最低限何も話さないよりは遙かにマシだった筈だ。

 そして、この公募作品の上映プログラムがまた酷かった。映画祭が選定した若い監督たちの四本の作品を観客と共に見た後、コメンテーターとしてスクリーン前に登場した入江監督は、どれも上手かった、良くできてる、作る側に回った自分はもはや何も言うべき立場にはない、だから後は観客の皆さんに聞いてみましょう、とだけ言ったのだ。これでは何も言ってないと同じである。司会をつとめたSさんがあの手この手でなんとかコメントを引き出そうとしても頑として何も言わない。しかし、本当にこれが彼の基本姿勢であるとするならば、公募作品のコメンテーターなど引き受けるべきではない。幸い、スタッフの努力もあり観客からの質問が異例とも言うべきほど数多く寄せられたが、ゲスト出演料をもらってこの場に来ている者として、これではいくら何でも問題あるだろう。

 私の個人的感想では、これは映画祭へのテロ行為であると思った。こんなものは、これまで一度も見たことがなかった。お金の問題ではない。何より、自作が映画祭で上映されるという晴れの舞台を期待して仙台までやってきた若い映画作家たちに対する背信行為だ。彼ら彼女らは、華やかな場で自分たちも憧れる先輩映画作家から言葉をもらえる、誉められるかも知れないし貶されるかも知れない、しかし観客たちを前にそうした試練の場に立たされることは自分にとって大きな糧となる。こうした思いを胸にその場へと参加していた筈である。実際、映画祭終了後の打ち上げの場で、彼らの何人かはとてもガッカリしたという言葉を口にしていた。映画祭のギャラであれば送り返せば済むだろう。だが、こうした人生の大切な舞台を台無しにされたかもしれない若者たちに対して、入江監督は一体どう考えるのだろう?

 この公募作品イベントが終了した後、いつも穏やかで微笑みを絶やさないSさんが私の所に来てこう言った。
「打ち上げの席で入江監督に怒ってもいいかな?」
「私なら一発殴ってますよ」
私は、こう答えた。もちろん、入江監督の周りにいる若くて屈強なスタッフたちにたちまちボコボコに逆襲されるはずだ。だが、それでも私が映画祭スタッフの立場なら殴らずにはいられなかったと思う。

 入江監督とそのスタッフたちは打ち上げの席に現れなかった。最初の上映で悪態をついて途中退席した二名のご婦人たちがいたらしい、これは面白いことになってきたぜ!とほくそ笑んでいた東京の映画人たちは、どれほどの面白さと爽快感をあの映画祭の場で味わったことだろうか。いや、これは勿論かなり下品な皮肉である。彼ら自身、考えるところは多々あっただろう。ただ、自分が発した言葉は自分に返ってくる。これは自戒としてもそう思う。そして、いずれにせよ彼らは東京に帰ればそれでおしまいである。数年後、あの経験を糧に次の作品を作ったなどとでも口にすれば、それなりに体面も保てるに違いない。だが、仙台に残された映画祭スタッフたちの想いはどうだろう。彼らをこれから待ち受けている、謝罪と弁解と土下座の日々、他の仕事を抱えつつこなさなければいけないその現在と日常は、一体何によって支えられるのだろう?同じく東京の映画人の一人として、これは正直いたたまれない気持ちになる。

 以上、今回の件に対して、私個人が感じた正直な感想である。もちろん、他の人がどう思うかはまた別であろう。私が知り得なかった部分もある筈だ。そのため、私が知ることのできた一部始終について、自分の意見や感想を交えつつも、できるだけ物事の多様な側面とニュアンスに配慮しながら書いたつもりである。これが、今回の仙台短編映画祭13-入江悠『狂人日記』事件の私の側から見た顛末だ。

(追記:作品を発表することで自己表現できる作家の側と異なり、通常は言葉を持たない映画祭や裏方さんたちの気持ちにも配慮する必要があると考え、私は上記の文章をここに書きました。しかし、これが必要以上の騒動となり、映画や芸術を理解しようとする前提に立つ人々以外にも広く届いてしまう事態になれば、それは映画祭に迷惑をかけることにもなるでしょうし、私の本意とも異なります。したがって、その危険性を感じた場合は予告なくこの文章を削除します。また、同様の理由から、この文章を他で引用・転載することもお控えいただけると幸いです。よろしくお願いします。)

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