『反撃の銃弾』

the_tall_t夏休み映画特集第三弾は、バッド・ベティカーの『反撃の銃弾』”The Tall T”にしました。
いわゆるB級西部劇。
ストーリーはシンプルだし、登場人物も少ないし、お金のかかる場面は一つも出てきません。
でもねえ、これがホントに面白い。
バッド・ベティカーだもん、面白いに決まってるんだけど。
ひたすら興奮しっぱなしでした。

あ、そうそう。
先日から、面白い面白いって、その言葉ばかり書いているような気もしますけど、当たり前じゃん、20本見て1本当たりが出ればラッキーみたいな新作試写通いしている訳じゃないんだから。
因みにこれ、あらかじめセレクトした上で見に行く洋画の話。
邦画含めて無作為に見てたら、こんな割合にさえ全く届かないでしょう。

あとね、当たりくじばかりの箱の中から当たりくじ引いて喜んでいる人間なんて、単に自分の趣味の良さを披露しているだけなんじゃない?という批判もどこからか聞こえてくるかも知れませんが、いや、そんなこと言うヤツ、何も分かってないだけですから。
相手にするだけ無駄です。

と言うのは、これ、趣味の話じゃないんです。
大文字の映画史。
大文字の映画史ってやつと向き合い、そしてそれが一本の具体的な作品という表情をまとって、今まさに圧倒的な現在性とビビッドな感覚と共に自分の目の前に姿を現す、その貴重な体験について書いているわけです。

いやあ、この感覚、実は某雑誌に依頼されたトークでも、その体験を媒介にした緊張感あふれる会話を繰り広げたつもりでいたんですけどね。
なんだかもう、ここには書けないあれやこれやで…。

業務連絡、業務連絡。
冨永君、例のアレはもう読んでもらう必要はなくなりました。
この件に関しては、もう2度とここで告知することはないので、キレイサッパリ忘れてもらって良いです。

ああ、ちくしょう。
むしゃくしゃするわい。
プンスカだな!
で、そんなときは、やっぱ西部劇だよな!!

バッド・ベティカーのこの作品、決してビッグバジェットの映画ではないのですけど、シンメトリーな構図を活かしつつ、雄大な風景の魅力と大いなる西部の残響を十分に堪能させてくれるものとなっています。
アメリカ映画の底力ってやつですね。
実際、なまりが本格的すぎて、セリフの聞き取りに苦労しましたし(笑)。
とりわけ、アーサー・ハニカットとかね。
彼の場合、いつものことですけど。

それに加えて、さまざまに絡み合う複数の人物の中から、その都度2人の人物を抜き出して、その2という数へのこだわりを丹念にエモーションへと結びつけつつ、要するに、シンメトリーな構図を含め、整合性と安定性に歪みが導入され、その場が一気に崩れ落ちていくその一瞬のダイナミズムに全てを賭けたような作品になっているのです。

アンソニー・マンの西部劇とも似た部分あると言えるでしょうけど、整合性が整合性として、ハンパなく見事に機能している分、バッド・ベティカーの方が落差が強烈であると言えるかも知れません。

山間に建てられた小さな小屋が、作品の重要な舞台として後半登場してくるのですけど、これがもう、ただ一言「感情空間」とでも呼ぶしかないような、きわめて濃厚かつ鮮烈な印象をこちらに与えてくる装置となっていて、いっやあ、見事だよなあ。

大いなるウェスタンの伝統へと意図的に自らを連ねつつ、そこに複雑かつ曖昧な現代的キャラクターときわめて強烈な感情的歪みを導入することで、スクリーンを突き破ってこちらの心までかき乱しにやってくるような現代的作品を作り上げてみせること。
『反撃の銃弾』におけるバッド・ベティカーの映画的野心とは、一言で言って、こういうものだったと言えるでしょう。

そして、彼は、その試みに見事に成功しています。

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