『サンダウンの決断』

decision_at_sundownすごい!
これ、まさにイーストウッドの『許されざる者』以外の何ものでもないじゃないですか!
メッチャクチャ面白いなあ!
驚きました。
昨日に続いて、バッド・ベティカーの西部劇『サンダウンの決断』”Decision at Sundown”です。
日本未公開。
タイトルは勝手に訳しましたが、サンダウンという街の名前と日没の両方の意味がかけられています。
ランドルフ・スコット主演で、1957年の作品。

いや、やってることは、基本的に『反撃の銃弾』と同じなんです。
シンメトリーな構図の中で、オールドウェスタンのフォーマットを踏襲しつつ、紋切り型のキャラクター設定を裏切る現代的なドラマを展開させてみること。
さらには、群衆劇の中からその都度2人の人物を抜き出し、その非対称な関係性をエモーションへと結びつけてみること。

2というのは、つまり、友情であり、信頼であり、愛情であり、そして何より結婚であるわけですが、その安定しているはずの二人の関係性が何らかの事情によって突然崩壊してしまう。
そこに、エモーションが生まれるのです。

『反撃の銃弾』と『サンダウンの決断』は、その意味で、どちらも花嫁強奪の映画と定義することができるでしょう。結婚という形式に覆われた愛情と欺瞞と打算と裏切りのドラマを、すべて白日の元へと引きずり出してみること。それこそが、これらの作品でベティカーが意図したものであったのです。

また、そうした中でも、『反撃の銃弾』には、ベティカーの意図するものの骨格がそのまま剥き出しにされていたかのような、殆ど抽象的な実験作という側面があって、実際、そこでは屋内の空間がきわめて限られた数しか登場しなかったのですが、その一つ一つが全て、殆ど登場人物の内面そのもの、その感情生活をそのまま外部に引きずり出したかのような佇まいを見せていました。

しかし、それに対して、舞台を一つの街にほぼ限定した『サンダウンの決断』では、その街に住む全ての人々の気持ちを、教会と酒場と馬小屋とをつなぐ一つの通りに集約させてみせるという、より拡大されたフォーマットへと展開されており、西部劇というジャンルの可能性を現代的な視野の中で汲み尽くそうとするバッド・ベティカーの野心は、西部劇というジャンルの形式を自在に拡大縮小させつつ、多様な射程を持って展開されていたのだなあと、あらためて深く感じることができました。

強烈な感情のドラマであるばかりではなく、コメディとしての幅も持ってますし。
その振幅を可能にした、ランドルフ・スコットという役者の大きさ、素晴らしさも、あらためてじっくり堪能することができるでしょう。

あと、『サンダウンの決断』では、『反撃の銃弾』のように屋内の空間を感情で埋め尽くして見せたりしない分、実に多様な映画的技巧とか工夫を楽しむことができて、たとえばブーツであるとかガラスであるとか痰壺であるとか階段であるとか、あるいは誰が酒代を払うかといった問題であるとか、要するにウェスタンではお馴染みの装置や仕掛けがあれこれ用意されているのですが、それらも単なる紋切り型のテクニックとしてではなく、ひとつひとつ、きわめて強烈なエモーションと結びつけられています。
そしてさらには、視線の劇をとらえる構図とかアングルの工夫とか、そこだけに絞って分析してみても、実に多くのものをこの作品からは学ぶことができるのではないでしょうか。

必見です!
つか、バッド・ベティカーすごいなあ。
映画ファンとして、こんな作品見てないなんてありえないですよ。
って、わたしも今回初見だったんですが(笑)。

でも、もう見ちゃったもんね。
見てない人、それ、ありえないです!
今すぐ、バッド・ベティカー見ないと!
メッチャクチャ面白いから。
保証します。
見ましょう!

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