ネット探し系

しばらく前に結構話題になったと思いますが、「自分探し系」と「引きこもり系」という分類を主張されてたのって、斉藤環さんでしたっけ?

あれ、最初に聞いたときから、なるほどなあと思いつつ、これはただ、若者の類型として提起されたものだからでしょうか、あるいはそれが問題の土壌を明確にするための抽象的なサンプルであるからなのか、ともあれ、いったんその議論に則った上で、さて、じゃあ自分の周りの人たちはどうだろう、あるいはあの映画監督はどっちかなとか考え始めてみると、これがどうにも、どっちでもある、と言うか、どちらか片方の極へと振れつつ、ふと気づくと、そのページの端からはみ出してしまって、全く反対の極にいるようにも見える、ということがしばしばあるんですよ。

いや、これはでも、この分類を批判して言っているのではなく、それがとっても面白いからこそこういう思考を誘発されるわけですが、でも、実際にある年齢まで生きて自分の世界を開拓している人って、どこかでそういう部分があるんじゃないか。要するに、自分の属する分類の枠を踏み越えて生きてきている部分があるんじゃないか、というような気がするんです。

だから、まあ、そこで分類の対象とされている若い人たちもですね、ああ、自分はこういうジャンルか、だからこうなんだな、と納得して終わりにするのではなく、そういう自分を踏み越えていく一つの土台として考えるのが良いんじゃないかと思いますね。
それこそが、もっとも有意義な思考とか概念というものの使い道だとわたしは思います。

ちなみに、「自分探し系」と「引きこもり系」の概念規範からわたしが考えていたのって、先日の[Lehrstucke 03]でも少し話しましたけど、クェンティン・タランティーノとジェームズ・マンゴールド、それと、中原昌也さんとわたし自身でした。
ま、どっちがどっちに見えるって話はやめときましょうね(笑)。

ところで、そんな話と関係あったりなかったりですが、わたし、以前からよく言ってますけど、基本的に他人のブログを読みません。
親しい友人のでさえ、あまり見に行かない。

ただ、昨日、ちょっと仕事の関係で調べものしてて、そこで引っかかったブログの文章を読んでいると、どうやら映画関係の記事の多いサイトでしたが、それがなんだかとても頷ける論旨が多くて、文章も丁寧で端正で好ましく、あれ、これは映画関係で有名なサイトなのかな?と思い、若い映画好きの友人に尋ねたところ、知らないとの返事。
他の映画ファンの間で話題になっているのも聞いたことない、とのこと。

ええ!?とか思いつつ、さらに読み進めてみると、ああ、これ、たぶんあの人のサイトなんだな、ということがおぼろげに…

そうか~、なるほど。
こんなことされていたとは知らなかった。
たいへん得しました。
匿名で書かれているようなので、ここで宣伝とかリンクするのはとりあえず控えておこうと思いますけど、個人的に、たまにそっと読みに行かせてもらおうと思ってます。

世の中には、いいもの、まだまだたくさんありますね。
みなさん、情報は量ではありません。
質です。

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