Latest Publications

『ディス・イズ・マーティン・ボナー』

martin_bonner『ディス・イズ・マーティン・ボナー』チャド・ハーティガン:先日のスピリット・アワードでジョン・カサヴェテス賞取った他、サンダンスなどで注目を浴びた作品。人生に躓いた中高年男性二人のその後の生活とささやかな触れあいを丹念に追った作品で、地味だけど悪くない。

作品の面白さは、主にキャラクター造形の複雑さとそこに注がれた愛情と、それを見事に演じた主役の二人、そしてディテールへのこだわりと、安易な紋切り型におしこまない脚本作りの繊細さ。シネマティックな部分でやや粗が目立つのは残念だけど、主役二人はホントに良かった!

ポール・エインホーンとリッチモンド・アークエット(ロザンナの弟でパトリシアのお兄さん)が主役二人を演じてるんだけど、生涯を教会のボランティアに捧げてきて、でもある朝もうこれ以上教会には行きたくないって思ってドロップアウトして、離婚して家族を捨てて、

別の国にまで流れてきたけど、でも自分を雇ってくれる場所は教会しかなかったんだってエインホーンの哀愁が泣ける。趣味はオークションで競り落とした骨董品をeBayで転売することとか、面白い。若い頃はロックバンドやってて、そのバンド名がKopyryte(つまりCopyrightね)だったとか

自然な会話や日常の流れの中で断片的にしかその背景が見えてこない訳ですけど、人間的な奥行きを感じさせてこの辺りはしみじみ良いなあと思った。と言うか、泣いた。

『ディス・イズ・マーティン・ボナー』予告編 https://www.youtube.com/watch?v=TrLlYqX5MkA

インディペンデントの戦い方

映画ってのは贅沢だと思うんですね。良い映画ってのは贅沢で作られる。言い換えれば、資本主義的な暴挙です。そしてその贅沢とは、例えばお金であり時間であり飛び抜けた才能。才能はちょっと別の基準だからひとまず考えないとして、じゃ、お金か時間かどっちを潤沢に用意するか。

現代は、時間がお金になる時代です。だからこそ、お金の無い人間がこの時代において暴挙にコミットするには時間を使うしかない。時間を使って、そしてその使った時間が贅沢なものとして昇華されるためには、相応の戦略を考える必要がある。これがインディペンデントってことだと思う。

例えば、ハリウッドで湯水のように資金費やして作り上げるようなものをお金の無い人間が気の遠くなる時間使って真似ることにどれだけ意味があるか。もちろんそれも資本主義的暴挙だろうけど、効率的とは言えないし、(映画の)未来もあまりない。本人はうまくすればチャンスあるかもだけど。

また、かつて贅沢な時代の映画に可能であったこと、たとえば世界そのものの構築を現在の状況で試みたところで、それもまた非常に厳しい。なぜなら、映画は常に過去の名作と同じスクリーンという場所で観客のチケット代と鑑賞時間という同じリソースを奪い合う必要があるから。

「世界そのものの構築」ってのは、例えばグリフィスは勿論そうだけど、ブレッソンだってそうだし、小津もそう。

このように、インディペンデントには難しいことがたくさんある。やっても良いけど、効率的ではないし、未来も世界的な注目を得ることも難しいってこと。でも、じゃあそれは貧しいのかって言うと、全然そんなことない。ハリウッドや昔の映画を基準とした価値体系から頭を切り換えること。

ブレッソンや小津あたりは、勿論見るべきだし、大きなヒントにもなるだろうけど、同時にインディペンデントにとって躓きの石になりかねないよね。あれはなかなか危ない。その贅沢の本質を見極めないまま、贅沢から放逐された世界の人間が贅沢を形だけ真似ることになりかねない。

例えば現在、アメリカなんかのインディペンデント映画は非常に多様であり、様々な可能性に満ちている。かつての映画のような世界構築は難しいかも知れないけど、今ここから始められることは沢山ある。そしてそれは、かつての映画とは別の、でも同じように重要な試みを可能にすると思う。

単に世界へと視線を広げてみること。これってとても大事なことだと思うよ。垂直に深みを持った視線、世界の深淵へと降りていく視線ではなく、横へ横へと拡がっていく視線を擁護すること。そのためのフットワークを養うこと。日本の映画人って、みんな尻が重すぎる!

『プライマー』

primer『プライマー』Primer(2004)
監督:シェーン・カルース

カルースのこの処女作は、なんと日本でも劇場公開されDVDにもなってる。超難解なのに!レンタルしてきました。『アップストリーム・カラー』がピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』だとしたら、これは『エントロピー』だと言うべき。

ストーリーは超難解で技術的に粗い部分はまだ残ってますが、それでも物語内容をストーリーテリングそのものに反射反省させつつ、新たな映画形式を生み出そうとする野心を強く感じる。実際、サンダンスその他で数多くの賞を受賞し、映画作家カルースを一躍有名にした作品。

彼はそれまでソフトウェア・エンジニアとして働いていたようですが、映画を作るために仕事を辞め、一年かけてシナリオ執筆し、さらに二年かけてこの作品を仕上げたらしい。製作・監督・脚本・音楽・編集・撮影・出演を全て一人でこなし、わずか70万円のバジェットでこの映画を完成させた。

そして、この映画の成功によって様々な方面から声をかけられたにも関わらず、カルースはその後『アップストリーム・カラー』を同様のシステムで仕上げるまでなんと九年間かけているのですよ。そしてその第二作では、物語とストーリーテリングばかりではなく、映像や音響によるスタイル、

そしてハリウッドから限りなく遠く離れた自らの映画製作環境まで全てを一つの作品世界として構築するというとてつもなく壮大な野心を実現している。いや、これはマジで注目すべき作家ですよ!

『プライマー』は物語的にはタイムトラベルもので、偶然タイムマシンを開発してしまった二人の科学者の間の友情と信頼関係と人間性の危機を超多重化されたタイムライン(たぶん5本以上?後で書いてみる)の中でストーリーテリングそのものの危機ないし亀裂として描いていくというスタイル。

『プライマー』もすごく面白いです。見終わった瞬間にもう一度見直したくなる。私の場合、そんな映画は実はそれほど多くないんだけど。でも、『アップストリーム・カラー』はもっとすごいからね!

『プライマー』Primer(2004) 予告編 http://www.youtube.com/watch?v=4CC60HJvZRE

『プライマー』も既に十分才気を感じさせる素晴らしい映画なんだけど、ここで終わってたらカルースは複雑な技巧を駆使する映画作家ってレベルにとどまったかも知れない。その仕掛けを巡ってペダンティックな議論は巻き起こすだろうけど、って感じの。

『アップストリーム・カラー』で何が変わったかというと、まあ全てバージョンアップしてるんだけど、まず何と言っても映画として気持ちいい!まさに、映像と音響が咲き誇ってる感じがする。だから見てる間も見終わってからも、こちらまで気持ちがソワソワして落ち着かない!

『NO』

no_ver2_xlg『NO』
監督:パブロ・ラライン

ピノチェト独裁政権の最後を描いたチリ映画で、タイトルからはストレートな政治映画を想像するかも知れませんが、実はきわめてクール&クレバーに作られた作品。ものすごく面白い!現在どのように政治映画は作られるべきかという一つの回答がここにある。

実は前々回の東京国際映画祭でコンペに入ってたんですよね。その後公開されてないと思うんですが、いや、これ絶対見なきゃ駄目でしょ!必見作!現在の日本で考えるべき問題の殆ど全てがここで既に答えられてる。これこそ今見られるべき/作られるべき政治映画。しかも超面白い!公開すべき!

ピノチェト独裁政権に対して国際世論による批判が高まり、その任期をさらに延長すべきか否かという国民選挙が行われたのですが、海外での思惑とは異なり、実は賛成派が勝利しようとしていた。と言うのは、その残酷で暴力的な独裁ぶりにも関わらず、経済的には成功していたから。

国民の多数は一定以上の水準にある生活を守りたいと考え、左翼の古臭く扇情的なキャンペーンや生真面目さにうんざりし、さらに若い層はどうせ選挙はあらかじめ結果が決められているか、あるいは抵抗しても無駄だとしらけきっていた。って、どこかの国でも聞く話ですよね?

で、15年間のピノチェト政権下で一度も認められなかった自由なテレビ放送が、一日15分のみ、選挙キャンペーンとして反対派にも許されるのですが、これが映画の主要な舞台になる。当初は、ピノチェトの暴力を示す映像と弾圧された者たちの証言で構成された番組を左翼陣営が用意するのですが、

やがてこれでは勝てないとして、それまでコマーシャルを手がけてきたテレビマンが招かれる。声を奪われていた者たちが声をはじめて持つことが出来た、それが重要なのだという左翼陣営に対して、彼は一つだけ質問する。あなたたちは本当に勝ちたいのですか?と。

そこから、主人公が仕掛ける明るくて希望とユーモアに満ちあふれたポップな選挙キャンペーンが始まるのですが、ピノチェト派の妨害や脅迫ばかりでなく、同じ陣営である筈の仲間たちからの批判や蔑みにも抗しつつ、彼はひたすらクールに仕事を進めていく、って感じ。

どうも相手が強いぞと感じ始めたピノチェト派が、主人公の上司を引き入れて、対抗戦術を打ち出したりするのですが、そのネガティヴキャンペーンにも関わらず、ひたすら明るくポップでハッピーなキャンペーンを続ける辺りとか、いやあ、超クールだ!面白い!素晴らしい!

しかも、主人公結構情けないしね。家族の命が危険にさらされて、そのピノチェト派の上司に頼って助けてもらったりもする。名誉を重んじて家族を見殺しにとかしない。でも、自分の仕事は淡々とやり遂げる。

カンヌ映画祭の監督週間でアートシネマ賞を取ったり、アカデミー外国語映画賞のチリ代表になったりもしてますが、さらに色んな海外の雑誌で2013年洋画ベストワンに選ばれてます。実際、ホントに面白い。日本でも公開すべき!主人公はガエル・ガルシア・ベルナルだしね。

『NO』予告編 http://www.youtube.com/watch?v=ApJUk_6hN-s

ピノチェト派が最初に用意していたキャンペーンで、繁栄、威厳、勝利する国みたいなのを打ち出してたのは笑った。反ピノチェト派の生真面目なキャンペーン映像も。どこも同じだよね。でも、それじゃ駄目だってところから始まるのが映画だし、文化じゃないかと。

『クソ野郎ども』

Les_Salauds『クソ野郎ども』
監督:クレール・ドゥニ

初めてクライムサスペンスに挑戦したという、オールスターキャストによるドゥニの最新作。『ガーゴイル』のスリラー版って感じ。100万回は作られたであろうフランス製タフガイストーリーですが、ドゥニなので随分趣きは違う。

家庭生活からドロップアウトしていたタフガイが、ブルジョワのクソ野郎によってその家族を破壊され、復讐に戻ってくる。彼はその愛人に取り入ることから始めるが、ってストーリー。なんですけど、いつものように断片的な描かれ方なので必ずしも明瞭じゃないです。

ドゥニのスタイルって、要するにタガが外れ物語を喪失した現代世界の混迷を、そのポストモダンな断片性とディテールの積み重ね、そしてメランコリックな雰囲気の中で描こうとするものだと言える。だから一番やりたいのは『侵入者』とか『ホワイト・マテリアル』の系譜でしょう。

この作品は比較的ストーリーのある方だけど、それでもやはり既存のジャンルであるスリラーの脱構築を狙って作られている。で、実はこういうドゥニのスタイルって、最近の米インディペンデント作品にかなり影響を与えていると思う。実際、アメリカですごく評価高いんですよ。

ヴァンサン・ランドン、キアラ・マストロヤンニ、ミシェル・シュボール、アレックス・デスカス、グレゴワール・コラン、ローラ・クレトンなど豪華キャストに加えて、撮影はアグネス・ゴダール、音楽はティンダースティックスで、雰囲気はやっぱ最高だよ!

『クソ野郎ども』Les salauds (2013)予告編 http://www.youtube.com/watch?v=D__eY2cVF5k