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『ディス/コネクト』

disconnect-wallpaper-01『ディス/コネクト』
監督:ヘンリー=アレックス・ルビン

これ、5月くらいに日本でも公開予定のようですが、私は米版で見ました。去年かなり話題になったインディー映画。インターネット時代の孤独とか断絶を描いた作品で、とてもよく出来てる。面白いです。

セックス・ライブカムに始まって、オンラインカジノ、フィッシング詐欺、他人へのなりすまし、いじめなどなど、ネットを舞台にした現代イシューのてんこ盛りですけど、それらが決して「ネタ」として扱われていない。私たちの世界が確かにそこにあって、人間が息づいてる。

端的に言って、ネット時代の現代も世界も人間もそこに生き生きと存在して、しかもその中で見事なドラマとクライムサスペンスが展開する見事な脚本と今風で堅実な演出ぶりに見所のある作品だと言うべきで、映画的に新しいものはありませんが、ホントによく出来ている。ラストも見事。

シガー・ロスからレディオヘッドの間の全てが好きっていう音楽系のクリープな少年が出てきて、いつも一人でいる彼を心配する母親に対して、父親が、俺も17歳まで人と話さなかったよとか言うんですけど、そういう「分かった親」こそ一番鬱陶しいってのが分からないんだよねー

これは私も似たようなもんだから理解出来るけど、自分が経由してきたような人生を息子とか若い子が同じように経験しているのを見て、ついつい分かった風な目線を取っちゃうんだよ。でも、そんな親たちを見て、こいつらと私をこの世界に置いてかないでって呟く娘が出てくる。鋭い。

サブカル経由してきた親世代とか最低だよな。もちろん自分含めて。自分が今ティーンエイジだったら絶対そう思ってるよ。

『ディス/コネクト』とか『ザ・イースト』とか、他のつまんない映画に埋もれちゃって見過ごされないかと心配なんですが、とってもよく出来ていて普通に面白いので、こういうのはちゃんとみんなに見てほしいし、色々考えて欲しいし、話題になって欲しい。

『ディス/コネクト』エンドクレジットのテーマ曲はヨンシだよ。予告編 http://www.youtube.com/watch?v=gkoM0IbbLiY

『ディス/コネクト』は俳優の演技もみんな良くて、『ザ・イースト』にも出てるアレクサンダー・スカルスガルドはもうブレイクしつつあるのかな?あとね、なんとマーク・ジェイコブズが普通に俳優として出演しててビックリだよ。

『ネイバリング・サウンズ』

neighbouring_sounds『ネイバリング・サウンズ』O Som ao Redor (2012)
監督:クレーベル・メンドンサ・フィーリョ

小さな区画に住む様々な人々とプチブル家族の(終盤まで何も起きない)日常を、音の交錯、干渉、消失、氾濫の中でオーディオ・ビジュアルに描こうとする超意欲作。発想がきわめてブリリアントであり、現代映画ファン必見!

スタイル的には、ホセ・ルイス・ゲリンを想起させるエッジのきいたモダンで審美的な部分とマッテオ・ガローネなどを思わせる比較的通俗な長屋ドラマが折衷的に用いられている。一つの作品の中で両者がうまく溶け合っているかはやや微妙だが、処女作でもあり今後を期待させるのは間違いない。

都会の騒音、セキュリティ、近所付き合い、経済格差、人々の間に横たわる無関心と苛立ち、不意に出現する悪意や暴力など、きわめて現代的テーマが物語映画における説明とは全く異なる方法で描かれているのも素晴らしい。こういう発想は、日本でこそ生まれてきて良かったと思うんだけど。

クレーベル・メンドンサ・フィーリョは映画批評家出身で、『ネイバリング・サウンズ』が長編処女作。アカデミー外国語映画賞のブラジル代表に選ばれたほか、各国映画祭で多数受賞するなど批評家から絶賛されている。NYタイムズ2012年の年間ベストテン第9位にも選ばれている。

『ネイバリング・サウンズ』予告編 http://www.youtube.com/watch?v=yeDOSDOs2X0

『ザ・イースト』

the-east-01カルト教団映画が面白いのは、そこに組織論が如実に投影されるから。つまり、資本主義社会の趨勢とは異なる価値をいかにして組織の中で共有し、維持し、実際に行動へと移すかって方法論。そして、これが映画において特権的な主題となるのは、それが映画作りそのものだからだね。

『マーサ、あるいはマーシー・メイ』や『トップ・オブ・ザ・レイク』のホリー・ハンターは、普通に人間性を備えた人たちの真ん中に得体の知れない幻視者のような人物がいて、実質的に何か行動しなくても、その存在そのものが負の中心となり触媒として機能して暴力性が生まれるってパターン。

黒沢清の『カリスマ』はモロこの組織論をそのままシナリオにしたような映画だった。と言うか、基本的に日本は殆どこれだと思う。オウム的、あるいは映画美学校的組織論。「刻刻」なんかもそんな感じ。で、これってエリート主義なのよ。本当は。エリート批判のエリート主義。

理論を構築し、理念としてそれを唱え、実際に行動して組織を引っ張るエリートではなく、その不在あるいは否定を体現するような存在の周囲に人々が群れ集ってくるってパターンで、だから構造としては基本同じなの。

例えば日本だと作家主義って概念は評判悪くて、すぐに批判が来るんだけど、でも、組織論としての映画作りには悪い意味での作家主義的旧弊を残している部分があるように見える。作家主義を実質的な検討なしに毛嫌いすることで維持されてきた作家主義的な旧態依然としたシステムがあると思うのよ。

お前はエリートで他の人間より優秀だと思ってるだろ、だからお前は馬鹿だって言われて、すっごい頭良いはずの連中がコロッと麻原に騙されちゃった訳でしょ?で、そこで生まれたのがおっそろしくエリート主義的なカルト集団。この問題はやはり真剣に考えるべきだと思う。だって繰り返すから。

一方、ザル・バトマングリ&ブリット・マーリングの前作『サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』は未来から来たって自分で言う得体の知れない教祖が中心にいるんだけど、物語が進んでいくと、実は彼女は何か妙なこと言ってるだけで、それを組織の形式に落とし込む別の人間がいるって見えてくる。

監督とプロデューサーの関係、マルクスとエンゲルスの関係かな?あれは三部作として作られる筈の映画の第一作だから、まだその提示にとどまってるけど、すくなくともカルト教団映画における組織論の深化は見られるし、日常と異なる映画的価値をどうやって生成させるかって問題がそこにある。

彼らの新作『ザ・イースト』は、そこからさらに進んで、組織の中心にはボス的な人物がいて、最初こいつが全ての中心のように見えるんだけど、実際には大した影響力持ってないってことがここでも見えてくる。ボスの隣にその思想をさらに幼く暴力的に先鋭化させた小柄な女性がいて実は彼女が重要。

その幼児的暴力性を体現したような人物を『ザ・イースト』ではエレン・ペイジが演じてるんだけど、彼女見てるとものすごく腑に落ちる。だって日本の70年代に先鋭化した左翼学生運動そのまんまじゃないかって感じがするし。組織が実際にどう作られ、どう動いているか鋭い認識があると思う。

『ザ・イースト』は、もちろんカルト集団の暴力性とエリート主義に対して批判的な立場を取るんだけど、日本みたいにエリート批判のエリート主義ではない訳ね。その実際の仕組みを冷静に分析しようという構えがある。

そしてさらに、資本主義社会とは異なる価値に人々が目覚めることを、こうしたカルト集団の暴力性から切り分けて救い出そうとしている。理念VS社会的価値というマップの中で、これだけ視野の広さと思索性を保ちつつ、それを骨太なスパイ物語の形式に落とし込むってのは結構すごいことだと思う。

あと、『ザ・イースト』のテロリストたちって、実はみんな超お金持ちのお坊ちゃんお嬢ちゃんだったってのがだんだん見えてくるのね。でも、彼らが唱えた主張には確かに骨があって、そこに全く別の場所からやってきた人間が肉付けして別の形で受け継いでいくって構造になってる。これも鋭い。

『キープ・ザ・ライツ・オン』

keep_the_lights_on『キープ・ザ・ライツ・オン』アイラ・サックス

大傑作!本当に素晴らしい!既に今年の個人的ベストの1本。長い長い時間にわたる映画監督の主人公と弁護士の恋人というゲイカップルの腐れ縁を、厳しく静かに繊細に即物的に見つめた作品で、2012年カイエ・デュ・シネマ年間ベストにも選出された。

『ママと娼婦』やカサヴェテス作品などを想起させる部分もありますが、70年代風の甘美な自己愛とは無縁で、またデヴィッド・ゴードン・グリーン以降の2000年代米インディー作品の美徳を共有する部分もありますが、そのチェリーボーイ的ファンタジー(良い意味で言ってます)とも無縁。

男女間に介在しがちなロマンチシズムとは無縁に、しかしある種のロマンチックさは備えつつ、むしろ長い長い時間に壊れ疲弊し崩れていく何かを静かに見つめ続ける時間への感性において際だった作品だと言うべきでしょう。二人の間に流れるゆったりとしながら残酷な時間を見つめ続ける。

でも、それはたぶんユスターシュ的なものともカサヴェテス的なものともちょっと違う。

主人公二人が再び関係を取り戻そうとするバーの戸口での会話で、二人の背後にひたすら何台も何台も何台もタクシーが通り過ぎていくように、時間への繊細きわまりない感受性を貫きつつ、あたかも世界全体が演出されているかのように見えてくる。これこそ映画の奇跡と呼ぶべき瞬間だと思う。

現実に誠実であることが、しかし同時に映画のファンタジーをも生成させる。その可能性は、いまだ決して汲み尽くされてはいなかったと確信させられる。

かなり私小説的な作品で、有名スターも出ておらず、誰にとっても口当たりの良い恋愛映画ではなく、華やかさもないかも知れませんが、これは映画ファンは必見だと思います。本当に本当に素晴らしい映画!

『キープ・ザ・ライツ・オン』予告編 http://www.youtube.com/watch?v=i_RNbeCpMsM

『コンピューター・チェス』

105a1712daa778872dc550b7f52ed1de『コンピューター・チェス』アンドリュー・ブジャルスキ

傑作ではないですが、きわめて野心的な作品。とりわけ自主映画撮ってる若い人は絶対見なきゃ駄目でしょ。誰もが直面してる現在的な映画の困難に真っ直ぐ向き合いながら、全く違った方法でその先へと向かおうとしている。

パーソナルコンピューター黎明期の1980年、それぞれ自作したチェス・プログラム同士を対戦させるカンファレンスの模様が描かれる。テッキーとかナードと呼ばれる人たちばかりが登場し、彼らが繰り広げる人間模様と奇妙な会話が全ての物語となる。

彼らはみんな大まじめにチェス対戦とテクノロジーの未来について語り合うのですが、現在との時代的・風俗的なギャップが奇妙なおかしさを醸成していく仕組みで、また全編、当時使われていた白黒ビデオカメラでそのまま撮影されている。

テクノロジーの時代である現代を、その最初期に戻って相対化しつつ、典型的に現代アメリカのインディペンデント映画の作風でそれを描くってスタイル。二重三重に捻ってあるので、同じことやってても奥行きと奇妙な倒錯がそこに生まれる。

しかも、相対化されたテクノロジーが主題となるのと同様に、相対化された手法としてのニュー・アメリカン・シネマ(メカスとかの意味で)までがスタイルとして採用されていく。現代映画を拡張しようとするこの意欲は高く評価されるべき。

アンドリュー・ブジャルスキは、マンブルコアのゴッドファーザーとも呼ばれる映画作家で、こないだの東京国際映画祭で『ドリンキング・バディーズ』見た人もいるでしょ?元々ああいうスタイルの人なんだけど、今作ではそこにとどまっていない。

現代映画が困難に直面してるのなんて、全世界的な共通認識だけど、でもどの国でも色んな方法で戦い、様々な方向へと自らの可能性を伸張させている。その試みとアイディアとバイタリティには素直に学ぶべき!同じことばっかやってんなよ、と!

あるいは、別の可能性が出てきてもいいじゃん!

すっごい低予算で、プロの俳優も出てこなくて、でも半径50mの映画を小粋に作って友達に見せて終わりたくなくて、昔の映画好きだけど現在作るのは無理だと知っていて、でもやっぱり現代という時代を背後から撃ちたくて、って、そんな映画作りたいと思うよね?

そういうこと実際やってる人がいるのよ!ほら、ここに!見なきゃ嘘でしょ?ほら、今すぐ見なさい!

『コンピューター・チェス』予告編 http://www.youtube.com/watch?v=NuGT_L13bQ8